暁月に吠ゆ 後篇

※これはRepro5号『ロスト・アイ』に掲載した作品と同じ内容になります。

「暁月に吠ゆ」前篇 鳴向

 

 

 

だから、逆らえない。逆らわない。

あの日見た、暗闇のレールの先を思い出せ。見えない壁に阻まれた、あの先を。

自分は、弟を大阪から出してやれるチャンスを掴むためなら、能力を悪用することも、人を傷つけることも厭わない。

この道はきっと、自由へと続いている。

 

――すう、と貴虎は瞼を持ち上げた。

夕刻、往来の途絶えない賑やかな戎橋。黄昏が迫る空の下、道頓堀の水面に映る街に灯りが点き始めている。

有名な製菓会社の電光看板や店店のネオンを背に、貴虎は己に集まる群衆の視線を感じていた。

「――ここにございますのは、何の変哲もない三枚のカード!」

フェイスペイントで素性を隠した貴虎と藤吉がカードを繰って行っているのは、路上マジックだ。道行く人々が、チラリと視線を投げ、あるいは立ち止まって見物していく。

「この一枚を捲りますと、現れるカードは『か』。よーく見てください」

――マジックは衆人の目に晒されながらやらなければならない。

瞳の底で、誰のものとも知れぬ記憶が疼く。

「……でも、もう一度このカードをめくって書かれている文字は……『け』!」

おお、と周りから声が上がった。まるでこちらを焼き尽くすように赤い視線が集まるのが見え、くす、と隠し切れない高揚感に酔う。

この視線の檻の真ん中に立つ時、自分がこの世界の中心にいるかのような気持ちになる。視線がただ見えているだけではなく、それら全てを掌握し、支配しているかのような……そしてそれを通じて、世界の理にアクセスしているかのような。自分の全てが有用であり、この能力が世界に祝福されているのではないかというような、全能感と多幸感。

くすくすと笑い続けていると、隣の藤吉が怪訝そうにこちらを見てきた。いけない、集中、集中。

「それからこのカードをこうやって擦ると……あら不思議、カードは『る』に変わりました!」

その視界の端で、一人のスーツ姿の男性を捉えた。例のターゲットだ。

「――そこのお兄さん!」

貴虎が声を上げ、ターゲットが振り返る。

「僕らのマジック、手伝ってほしいでふ――」

そして、トランプを手にした藤吉が、彼に向けて、目を開いた。二人の視線が交錯するのを、貴虎は見た。

「……!?」

と、藤吉の目が燐と光を帯び、男の視線を縫い止める。

――目が合った相手の視線を固定する能力。

次に藤吉が瞬きをするまで、男は彼から目を離せない。

「お兄さんには、このカードの中から好きなものを一枚選んでもらいます」

貴虎が藤吉の台詞を引き継ぎ、観客たちの目を再び舞台上に呼び戻す。

名指された男からこちら側に赤い視線が集中したのを確認した貴虎は、

「――では、It’s show time!」

合図となっていた言葉を高らかに宣言する。

と、トランプの隙間から白い鳩が飛び立った。

きゃあっと観客から上がる歓声。

同時に、男の背後に一つ、影が過る。音も無く忍び寄った紫月は、藤吉に視線を捕えられた男の懐から目当てのものを抜き取った。

彼女もまた能力者だが、その能力は、相手の所持金・所持している貴重品の額が見えるというもの。その能力でスリやら援助交際やらを繰り返していたところに声を掛けられ、レジスタンスの仲間入りをしたのだと、いつか笑いながら話していた。彼女の真価はその能力自体よりも、能力を活かすために身に付けた手癖の悪さと対人交渉力だというわけだ。

まったく笑い事ではないと引き攣り笑いを返すしかなかった貴虎だったが、彼女の技能はこういう時、非常に役に立つ。

男の背後にピースサインを残し、紫月は群衆の中へと掻き消えた。

ミッション成功だ。

それを見て取った貴虎が指を鳴らすと、空中を飛んでいた先程の鳩がポンッと弾けて、観衆の上に羽を撒き散らす。

突如白に覆われた視界の中で、パニックになった誰かが叫んだ。

「な、なんだこれ!?」

「あいつら、何者だ!」

その言葉に、口の端を三日月の如く吊り上げた貴虎が答える。

「――名乗るほどの者でもないけれど、聞かれたからにはお応えしましょう。我ら、虹【彩】の黎明(ザ・デイブレイク・オブ・アイリス)、ここに在り!」

一般人にはきっと通じない、彼らだけの存在証明。

それでも、自分たちの爪痕を少しでも世界に刻むのだ、という上からの意向だ。

そして未だ収まらぬ混乱に乗じて、貴虎と藤吉はその場を逃げ出した。

 

 

人ごみの中、黒塚はすれ違いざまに紫月から目的のメモリを受け取った。流れるような自然な動作で、おそらく傍から見ていてもその受け渡しには気付けないだろう。

それを以て、作戦行動は全て終了。

あとは最後の命令を実行するのみ――散開し、各自バラバラに帰還せよ、イコール、残りは自分で何とかしろ。

他人同士のような顔をして、黒塚と紫月はそのまま互いの行くべき方向へと歩み去った。

 

ああ、あの人、几帳面そうな顔して実は結構大雑把なんだよね、と、裏路地を走る貴虎は黒縁眼鏡の上司を思い浮かべ嘆息する。

その背後に遠く、サイレンの音が響いていた。警察が動いたなら、管理組織(LASIK)もすぐに動くだろう。

人びとの安寧を乱す反乱分子(レジスタンス)を捕えるために。

 

 

商店街の裏道を縫うように駆ける貴虎は、ずっと後を追ってくる視線が一つあるのを感じていた。追尾でもするかのようにぴったりとこちらを捕えて、簡単には振り切らせてくれない。

チッと舌打ちを零した貴虎は、振り返りざまに傍のゴミ箱を蹴り飛ばして道を塞ぐ。

瞬間、撒き散らしたゴミの向こう側で響く発砲音、そして貴虎の頬を弾丸が掠めた。

「……っ」

追跡者がゆっくりとその姿を現す。警察によく似た服を纏う、男――しかしその目が極彩色に輝く。

それは能力者を裁く能力者、つまり管理組織の人間だった。

「目の能力で治安を乱すことは許されない……一般市民を傷つける能力使用は、我々が厳重に取り締まります」

銃口をぴたりと貴虎に重ね、男は宣言する。視線の赤い筋が、今度は貴虎の胸にじっと向けられている。

貴虎は目線を外さないままじりじりと退路を確認しつつ、男に向かって口を開いた。

「お前らは、他の誰かが傷つくかもしれないからって、自分たちが傷付けられるのを黙って耐えてろって言うのか?」

男は何も答えない。

それは無言による肯定、あるいは黙殺だった。

人に仇なす能力者は人間ではない――それが彼らの認識であり、行動原理。

「――俺は、そんなのゴメンだ!」

貴虎が吠える。

「なぜ? 何に傷付くというんです。管理組織はあなたたちが幸せに暮らせるよう、心を砕いているのに……。こうやって能力の悪用を取り締まるのだって、ひいては能力者が一概に悪者と見なされ排除されることのないようにということなんですよ? すべてあなたたちのためを思ってのことなのに」

男は黒い銃身越しに貴虎を見詰めた。曇りない瞳。ああ、最悪だ。彼は己の正義を信じている。

「――っ」

怒りで目の前が真っ赤に染まるのを、貴虎は初めて知った。きっと彼の言う幸せの中には、貴虎と駆の望むものはない。そして彼はそのことに思い至ってもいない。

「ふざけるなっ! 俺たちが幸せに生きるのに、どうしてお前らの許可を得なくちゃいけない!」

幼い駆が、「おかーさんにあいたい」と言った。電車のレールは闇の向こうへとずっと続いているのに、貴虎たちだけがその先に進めなかった。

「俺たちの幸せを壊したのは、お前らの方だ!」

そしてそこへ虹を架けたのが、彼らだったから。完全な虹色に染まることを拒みながらも、この御旗の下でなければもはや息ができないから。貴虎はその名を口にする。生きていくというだけのことが、どうしてこんなに苦しいのだろう。

「――俺たちは、この晦冥に光をもたらす、誇り高き虹【彩】の黎明(ザ・デイブレイク・オブ・アイリス)だ! お前らの言いなりになんてなってたまるか!」

二人の間に立つ店のイルミネーションがパッと点灯した。と同時に、光の灯った豆電球が次々に破裂していく。

もしもの時のために、事前に配線に細工をしてあったのだ。

「っぐう!?」

降り注ぐ光とガラス片の輝きに男が目を眩ませた隙を突いて、貴虎はその場から走り去った。

「……っ、くそっ!」

男の悪態が響くが、そこには既に貴虎の姿はなかった。

 

 

追手を撒いた時には既に退勤時間を過ぎていたため、貴虎は直帰を決め込んで帰路につくことにした。

様々な線が乗り入れる巨大複合ターミナル、その南端のホームで待つ電車の最後尾に乗り込む。

電車はすぐに動きだし、強めに冷房の利いた車内が命がけの追いかけっこをした体には心地いい。窓から見えた外はもう日が暮れ始めていて、ガラスに自分の顔が映った。

駅の近くのビル街を抜けると、向こうの方に通天閣が見える――それは管理組織の前線基地でもある。

そのどっしりとした塔が、電車が進むにつれゆっくりと中天に浮かぶ満月に重なっていく。月にはそれを見つめる貴虎の顔が映り込み、出来上がった図はまるで『月世界旅行』の、月の右目にロケットが刺さるシーンのようだった。

 

月を目指し、その表面に降り立った地球人の教授たち。不思議な月の世界で、棲み処を荒らす異人を排除しようと月人〈セレナイト〉が襲ってくるが、教授たちは月人を次々にやっつけ、月人の王すらも殺してしまう。そして最後はほうほうの体で月を脱出し、無事帰還できた次第――

 

――ふざけるな。

ぶり返した怒りが貴虎の胸を焦がす。

月の秩序を破壊しておいて、自分たちはのうのうと地球――自分たちの秩序――の中に逃げ帰り、本当にそれで全て解決したと思っているのか。

自分は、絶対に許さない。

貴虎の瞳が見つめる先で、風景は流れ、暗闇の中に続く線路が現れる。

あの日行けなかった線路の先へ、いつになったら手が届くのだろう。

 

 

家に帰ると、部屋には電気が点いていた。

玄関をくぐると、「にーちゃ!」と駆が笑顔で走り寄ってくる。

「にーちゃ、見て見て! この間のテスト、今日返ってきたんだ!」

小さな手で広げられたテスト用紙には、大きく八十点と書かれていた――駆にしてはよくできている。

「おっ、すごいな――……?」

その頭に手を伸ばして撫でてやろうとした時、ふと違和感に気付いた。

普段なら間違っているであろう問題にも丸が付いている。それだけならばいいことだ。しかし、基本的にいつも天真爛漫、自信満々な駆は筆跡も非常に濃く明快なはずなのだが、難しい問題の部分だけどこか居心地が悪そうにふらふらとしている。

「……お前、ここ、カンニングしただろ」

分かりやすい駆の、文字に現れた分かりやすい後ろめたさ。つまりそういうことだろう。

駆と貴虎は同じ能力を持っている。

むしろ能力が発現した年齢が幼い分、駆の方が能力の扱いに長けている節さえあった。

人の視線を把握していれば隙を突いたカンニングなど造作もないことは、貴虎自身が良く知っている。

「えぇーっ!? なんでにーちゃは気付くんだよぉ……」

素直に罪を認めるところにはまだ可愛げがあるが、それでもだめなものはだめだ。

貴虎がそう諭すと、

「なんで? 勉強がもともと得意な子とか、最初から足が速い子とかと一緒で、みんながどこ見てるか分かるのは僕の能力なのにぃ……」

そう言って駆は唇を尖らせた。

彼の言葉にぎくりとする。

――自分は能力を濫用しておいて、駆には能力を使わないでいてほしいという、矛盾。

「……そんな能力の使い方はいつでも練習できるだろ。学校にいる間は、努力して何かをできるようになるためのやり方を身に付けて来ないと」

気付いた矛盾は押し殺し、駆にメッと指を立てる。

しゅんとした駆が持つテストに再び目を落とした貴虎は、今度は別のことに気付いた。

「これ……前に駆が解けないって言って、一緒にやった問題じゃないか? こっちは自力で解いて、丸もらえてるな、偉いぞ!」

「!」

そして今度こそ頭を撫でてやる。

「えへへ、にーちゃ、ありがと!」

嬉しそうに頬を染めて破顔した駆を、貴虎はぎゅっと抱き締めた。

 

駆には能力を使ってほしくない。

能力者の解放を謳うレジスタンスにいながら、ひどいダブルスタンダードだと我ながら思う。

けれど、もしいつかあの日の線路の先が見えたとき、せめて駆だけでもその先へ行かせてあげられるように。

文字通り大阪から出るだけではだめだ。きっと真の意味での自由とは、『自分自身がどうあるか』ということが、『自分に何ができるか』ということに縛られないことなのだ。だから、駆が何者であるかということが能力の有無によって左右されてはいけない。駆が何者でありたいかということこそが、駆を形作るものであってほしい。生きることが、自由であってほしい。

貴虎は能力から逃れられず、それによって「反乱分子」にならざるを得なかったからこそ。どうか駆だけは自由であってほしいと。それは撞着に似て――しかし軋みをあげ、歪み始めている。自分勝手な願望は倒錯し、崇拝のように傾いていく。

駆を抱き締める腕に、ぎゅっと力が籠った。

 

10

 

その時、インターホンが鳴った。こんな時間に誰が訪ねてくるのかと訝しみつつモニターを覗くと、そこに映っていたのは紫月と藤吉の姿だった。

 

「もう、トラったら愛想なく直帰しちゃうんだからさ、あたしらがお疲れさま会をしにきてあげたんだよ~!」

「お邪魔しまふ、弟さん。僕たち貴虎先輩のバイト先の者でふ」

そう言って二人は玄関扉から顔をのぞかせた。藤吉が駆にケーキのお土産を手渡すと、駆はわーい、と大はしゃぎでダイニングへと走っていく。

それを見て貴虎は、渋々という顔で二人を家に上げた。

一方の紫月は手に大量の酒缶やつまみを提げている。

「あ、ちなみにケーキとか酒代とかは全部黒塚エリア長が出してくれたから、気にしないでいいよ」

「!」

あの人は……雑な処理の詫びのつもりだろうか。金で解決しようとする前にやることがあるだろ、と思いつつ、とりあえず貴虎は頷いた。

 

四人で乾杯をし(もちろん駆はジュースで)、久々に賑やかに食卓を囲む。チューハイ缶を手に持つルール違反は、可愛い反抗心だ。

「はいっ、駆ちゃん、あーん」

「あーん! えへへ、今日はいつもよりごはんおいしいね~」

朗らかな紫月に構い倒されて、駆はご満悦のようだ。

「先輩ってお料理上手でふね! すごいでふ!」

藤吉もぷよぷよの頬をいつもよりさらに緩めて笑う。

「……」

そんな雰囲気の中で、貴虎はみぞおちの辺りに妙なこそばゆさを感じ、妙に落ち着かなかった。

――駄目だ、と思う。

こんなのは駄目だ。

ここにはどうしようもない欠落があって、だからここに頭の先まで浸かってしまっては駄目だ。

駆に笑いかけられ、貴虎は曖昧に頬を引き攣らせていたがやがてそれも限界を迎え、すっと席を立った。

「先輩? どうしたでふ?」

「……トイレ」

ダイニングキッチンからはドアの向こうにあるトイレに行くと告げながら、貴虎はそっと家を抜け出した。

 

人気のない非常階段で、貴虎はぷかりと紫煙を燻らせていた。

――駄目だ、なんであんなに、楽しそうに。

まるで温かな家庭のような風景にひどく動揺している自分に動揺する。

眼下の街明かりを見下ろし、また一つ、溜息と共に煙を吐いた。

ここは牢獄の街で、こんな場所からはすぐにでも出て行くのだ。だからいまここで築くすべては、いつか捨てゆくもので。

またみぞおちの辺りがこそばゆく疼く。

「……っ」

 

「あ、こーんなところにいた、不良少年」

はっとして顔を上げると、目の前で紫月が微笑んだ。

「あたしお酒買い足しに行くんだけど、ついてきてよ、トラ」

そして有無を言わさず、貴虎をコンビニへと連行した。

 

「――あたしさぁ、産まれた瞬間が一番完璧で、一番幸せだった気がするんだよね」

マンションから歩いてすぐの、駅のロータリーにあるコンビニでしこたまアルコールを買い込んだ紫月が、両手にビニール袋を提げ、暗い空を見上げた。

街明かりで星は見えない。

「色んな能力が増すたびに、幸せがどんどん減っていってるような気がする。……だからこの、優れた能力の宿る目はあたしたちを不自由にする。見えすぎることは、きっと不幸だ」

酒のせいか、彼女は普段より饒舌だ。

「……確かに、この目のせいでひどい思いをしてきました。黒塚さんや、顔の見えないリーダーについて行こうと思うくらいに」

貴虎も彼女の真似をして上を見てみた。うすぼんやりと濁った、暗灰色の空。夜の帳は、幸福に満ちた明るい外の世界から彼らを隔絶する。

「でもさ、幸せが永続するステータスじゃないのと同じで、不幸な人もずーっと不幸なわけじゃないじゃん? 不幸の中にも幸せはあるし、不自由を打破しようともがくことと、小さな幸せを楽しむことはきっと矛盾しない」

「え……」

それは、貴虎の境遇についての話だったのか。

目を瞬かせた貴虎に、紫月がふわりと微笑んだ。

「北極星が見えるからって言って、空ばっか見て足元の花を見もせずに踏んづけていいってことにはならないでしょ? だからさ――あんたもたまには楽しみなよ!」

そして、女神のような微笑には似つかわしくない腕力で貴虎の背中をバシン! と叩き、噎せた貴虎を散々に笑い倒したのだった。

 

部屋に戻ると、駆と藤吉が流行りの特撮ヒーローの変身シーンを真似してきゃっきゃと盛り上がっていた。

「ちがうよお兄ちゃん、手はこーいう角度で、こう!」

「お肉がつっかえてこれ以上は無理でふ~……駆くん上手でふ!」

「しゃきーん! 変身っ! えへへっ」

ポーズを決める駆に藤吉が拍手を送る。

「あんたら、楽しそうねぇ……」

紫月の言葉に、

「楽し――――い!」

と、二人の見事に重なった返答が飛んできた。

「だってさ、お兄ちゃん」

「…………」

紫月がニヤニヤと貴虎の顔を覗き込む。

「……はぁ」

名状し難い気持ちに襲われた貴虎は、買ってきたばかりのビール缶をプシュッと開けると、中身を一気に喉に流し込んだ。

「おっ、いいわねぇ!」

紫月も流れに乗って自分の缶を開ける。

駆と藤吉は、今度はアニメの話でやんやと語り始めた。

それから後のことは、もう飲めや食えやの騒ぎで、正直よく覚えていない。

 

11

 

「あっ……たまいってぇ――……」

眠った街が動き始めるより少し早い、夜明けすぐの早朝。ぐりぐりとこめかみを揉みながら、貴虎はベランダで煙草をふかしていた。

昨晩は結局、押しかけてきた二人も貴虎もそのまま酔いつぶれて寝てしまい、客人たちはさっき跳ね起きて「始発で帰る」と出て行ったところだ。

それを見送り、しかしそのまま寝直す気にもなれず、先ほどまでぼんやりと後片付けをしていた。空き缶でゴミ袋がいっぱいになってしまい、一体どれだけ飲んだのかと鈍痛を訴える頭を抱えた。

部屋ではまだ、床に転がった駆が幸せそうに寝息を立てている。

 

いつかこんな仮初の幸せではなくて、溢れるほどのホンモノの幸せでいっぱいにしてやりたい、と思う。

そのためにも絶対に大阪から連れ出してやると、胸の中で誓う。

 

ふぁん、と始発電車の警笛の音がした。

部屋から見える線路の上を、電車が走り出す。

レールはどこまでも続くのに、あの電車では大阪の外へは出られない。

ふ、と吐き出した紫煙は、しらじらと明けていく空へ上っていく。空にレールはなく、どこまでも続いていて、そして煙はまるで雲の一部になるようにそこへ溶けていった。

煙草の毒を孕んだ大阪の空は、けれど青くて、それがひどく目に沁みる。

涙で滲んだその青が、いやに綺麗に見えた。

 

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