タイトル未定

「タイトル未定」 淡夏

 

ぜえぜえとした自分の息が、どくんどくんという鼓動が煩い。

だが、そんなことに構ってなどいられない。この事態は俺の理解の範疇を超えている。

何せ――。

「なんなんだよ、あのトランプ人間は!」

雪崩のように、手足の付いたトランプの大軍が追いかけて来ているのだ!

 

*  *  *

 

事の発端は俺が天王寺駅に降り立った時、奇妙な双子の姉弟と出会ったことだ。

髪はどちらも絹のように細やかな金色で、瞳は淡いエメラルドのような翠色。お下げ髪の少女と、ぼさぼさ髪の少年が不思議そうに辺りを見回している様は、このせかせかとした大阪にあって童話めいた不自然さを醸し出していた。

このような子達がここにいることは確かに奇妙に感じることではあるが、外国人がさりとて珍しいというわけでもない。だからこれも、通り過ぎる風景の一つ……となるはずだったのが、どうしてか、俺の“鼻”が疼いた。

――このガキ共は金になる、と。

こういう勘が外れたことは少ない。どの様な使い道があるのかは分からないが、とりあえず誘拐すれば身代金をせびれるかもしれないし、親が出てこなければその時はその時で、どこかの金持ちに売ってしまえば良い。女にしろ男にしろ、あの年代のガキには相応の市場がある。俺には理解出来ないが、性癖というのは本当に人様々らしい。

何はともあれ、まずはこの仕事を成功させなければ。思いつきではあるが、金が手に入るなら仕事は仕事だ。俺の暮らし向きを楽にするための、大切な手段なのだ。

俺は二人のガキを“視界”に収め、頭の中のスイッチをバチリと入れた。これで、この二人が衆目を集めることはなくなった。

俺の“眼”には昔から特別な力がある。 “自分の視たもの”を、“周囲の人間の意識から取り除く”ことが出来るのだ。

この力のおかげで、堂々と窃盗や誘拐といった犯罪を堂々と成功させてきた。何せ、誰の目にもつかないのだから、犯罪の発覚する頃には俺の仕事は終わっている。

今回の場合、対象が二人いるという点はネックだが、すぐに眠らせてしまえば良い。

俺はポケットに忍ばせた、クロロホルム付きのハンカチを握り、二人に近付いていく。もう少しで手が届くという所まで来た時、二人のきょとんとしたグリーンの目と合い、そして――。

「な……」

少女は左目が、少年は右目が、青く変化するのを見てしまった。

「まさか、能力者……?」

ふっと、双子の口許が綻び、愉しそうに俺に同じ笑顔を向けてきた。

「お兄さんは怖い人。怖い人には、おしおきだ」

「お兄さんは怖い人。怖い人には、おしおきだ」

耳に響く、甘ったるいソプラノの重なり。

「ワタシ達の世界へ、世界へ、いらっしゃい」

「ボク達の世界へ、世界へ、いらっしゃ」

そして、俺の視界は暗転した。

 

*  *  *

 

覚えたのは墜落感。

いや、ゆったりとした重力に引き寄せられる浮遊感だろうか。

真っ直ぐに、ただひたすら真っ直ぐに、縦穴を下降していく。

「あ~遅刻ぅ、遅刻ぅ。あの人きっと、怒ってるぅ~」

横では懐中時計を片手に慌てる……バニーガール?

「すぐにいきますぅ~」

バニーガールは、スカイダイビングも斯くやという勢いで穴の深いとろに突っ込んでいった。

……何だ、この頭のおかしい状況は。それとも、俺の頭の方がどうにかしてしまったのだろうか。

混乱が解けないまま、俺の足はことりと固いコンクリートに触れた。いつの間にか穴の底にまで辿り着いてしまったらしい。

目を閉じ、一度思考をクリアにした。

そして瞼を開けると、そこは――先程まで居た、天王寺駅の中央改札口だった。

「なんだ……」

ほっと息が漏れ、思わず膝の力が抜けそうになった。きっと疲れと性欲が溜まって、白昼夢でも見てしまったのだろう。

そう結論付けようとし……違和感に気付いた。

平日でも、天王寺駅にはそこそこ人の往来があるはずだ。なのに、この空間には俺以外の人間が人っ子一人いなかった。通行人だけでなく、常駐しているはずの駅員ですらも、だ。

「落ち着け、落ち着け」

口に出して心をなだめるも、状況は一向に変わらない。

苛立ち、そして理解出来ない恐怖が沸き起こり、近くにあったゴミ箱を蹴飛ばした。

それを何回も繰り返していると、ふと、声が聞こえた。

「そこの者。そこの箱は妾の所有物なのじゃが?」

びくりと辺りを見回すが、声の主は見当たらない。静けさが響きそうな程に開けた、駅の構内という光景が見えるだけだ。

「違う、上じゃ、上」

言われた通り視線を上げると、そこにあったのは、網に引っ掛かった天女の銅像。天王寺で待ち合わせと言えばその下と相場が決まっている、あの銅像だ。

それ以外のモノは見当たらず、またぐるりと視線を彷徨わせていると、今度は怒ったような声が聞こえた。

「妾を無視するでない。一度目があったじゃろ」

声のした方を見る。あるのは、天女像。

「そう、そこじゃ」

あるのは、天女像。間違いなく、それだけ。

「ははは、天女像が喋るはずが……」

「この、うつけが!」

どうっと、突風の巻き起こる勢いで、天女像の怒号が響いた。

「まったく、最近の若いもんは敬うということを知らん。失礼じゃ、失礼の罪じゃ。失礼の罪は死刑に値する。皆の者、この男をひっとらえよ!」

天女の号令と共に、どこからともなくトランプがずらりと現れ、俺を取り囲んだ。

あまりの突拍子のなさに、天女とトランプという組み合わせがアンバランス過ぎやしないかと思案し始めたその瞬間、トランプから手足と顔が生え、軍体さながら、こちらに目掛けて飛び込んできた。

「ちょっと待てぇぇ!」

形振りなど構ってられず、俺は一目散に走りだした。

 

*  *  *

 

十分は走っただろか。何とかトランプ人間の軍団を撒き、俺は旅館のような建物が並んだ場所へと出ていた。

見覚えがある。男ならないはずがない。

けれどここの風景も、異様に過ぎた。

「ねぇねぇお兄さん、ちょっと見ていってよ」

聞き慣れた台詞だが、それは本来、人のカタチをした口から発せられるもののはずだ。なのに、それを話しているのは……。

「花?」

花弁をぱくぱくと動かす、花人間だった。

「お兄ちゃん、ねぇ、お兄ちゃんったら」

手前の花人間はしわがれた声で、開け放たれた建物の中央に座る、ドレスで着飾った花人間の方へと俺を誘導しようとする。件の花人間からは、虫を寄せつけようとするような甘ったるい匂いが漂ってきた。

「おいおいおいおい。何だよ、これ」

追われてではなく薄気味悪さから、俺は足を懸命に動かした。

「お兄ちゃん」

花の匂い。

「ねぇ、お兄ちゃんったら」

粘つくように鼻孔を刺激する、花の匂い。

「お兄ちゃん、ちょっとで良いから」

胃の底にまで浸食してくるような、甘い甘い花の匂い。

「いい加減にしてくれ!」

叫び、俺はまた必死に走り、この場を後にした。

 

*  *  *

 

匂いと声が消えたところで、俺は立ち止った。

肩で息をし、呼吸を整える。すると。

「お困りですね」

今度は何だと見上げると、そこに居たのは“づぼらや”と書かれたふぐ。そう、ここは新世界。いつものように賑わってはいるが、やはり真っ当な人間と呼べるのは俺だけのようだ。影のような人間、猫人間に犬人間。キリンのような顔からカバのような顔まで。様々な種類のヒトで賑わっていた。

「いつもと違う、けれどいつもと同じ。これもそれも全部あんたの感覚。おかしいのはこの世界? それとも、あんたの頭?」

ああ、それは俺が一番知りたいよ。 そう言いたい気持ちを抑えつつ、俺はフグを睨んだ。

「怖い目、怖い顔。けれどだから、子供は怖がり、あんたはこんなこんな、不思議の国へ」

分けの分からないことを言ったフグは、魚にあるまじき笑みを浮かべ、口許だけを残して消えていった。

「何なんだよ、もう」

脱力して、俺はその場に座り込んでしまった。と、そ

こに。

「居たぞ!」

わらわらとトランプ人間の軍団が、俺の周囲に集まった。

「御用だ!」

逃げることに疲れた俺は、降参とばかりに両手を上げた。

 

*  *  *

 

連行された俺は、両肩をトランプ人間に抱えられ、天女の下へと連れ帰られた。

「お、遅れましたぁ~」

俺が連れてこられたと同時に、最初に見たバニーガールが額に汗をかきながら俺達の所へと駆けつけた。

「そ、それでは、さ、裁判を始めたいと思います! それでは、判決を、ど、どうぞ!」

もはや、弁護も何もないじゃないか、という突っ込みさえ浮かばない。それにどうせ決まっている。あの天女はどうせ……。

「飽きた」

天女の声に、誰もが唖然とした。

「妾は飽きた。そんなことよりも、お主等野球をせい」

天女の号令でトランプ人間は俺を解放し、駅の構内だということを意にも介さず、野球の準備を始めた。

開いた口が塞がらない。もう、何もかも滅茶苦茶だ。

どうにでもなれと思っていたが、もう、我慢ならない。

「いい加減しろ、このくそったれ! 何なんだよ、これは! お前ら、ふざけんじゃねぇ!」

そう叫んだ俺の横で、トランプピッチャーがボールを投げ、別のトランプバッターがそれを打つ。ボールは真っ直ぐ、俺の額に飛んできて……。

 

*  *  *

 

「起きたか」

目の前にあるのは、人間の男の顔。人間の警官の顔だった。

「まったく、昼間から薬なんてな。とりあえず、署まで同行願おうか」

人間の顔が見れたことに安堵したが、警官の言葉の意味を、俺はうまく呑み込めていなかった。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、俺は何も……」

「話は後で聞く。来い」

こうして、俺は警官に連れていかれた。いつの間にか、子供二人がいなくなっていることにも、気付かぬまま。

 

 

*  *  *

 

 

「引っ掛かったのはただのチンピラ、ですか」

双子の隣で、金髪の黒スーツの外国人が誰かと話していた。

「はい、引き続き調査します。それでは、後ほど」

彼は電話を切り、双子へと話しかけた。

「君達にも困ったものだ。あれ程勝手な行動は慎むようにと言ったはずなのに」

退屈そうにお下げ髪を持て遊びながら、姉の方が言った。

「だって、あのお兄さんの“眼”、怖かったんだもの」

「うん。あのお兄さんの“行った”世界も、気持ち悪かった」

続けて、弟が言った。

「今度はもっと、素敵な人が良い」

「素敵で綺麗な、夢の国を心に持つ人」

双子の言葉に、スーツの男は溜め息を吐いた。

「分かった、分かった。とりあえず、今日は帰ろうか」

そうして、三人は天王寺を後にした。