光跡のアルケー 第一章 前篇

光跡のアルケー ~変わりゆく世界~ 第一章 前篇  淡夏

 

 

どこまでも広がる冬の夜空。瞬く星々は、まるで雪の結晶のよう。

私達が見ている輝きは、既に失われているかもしれないという。なら、いつか消えてしまう点において、星も雪も違いはないんじゃないだろうか。

ふと、そんなことを考えた。

「綺麗だな」

右隣から、何の飾り気もない感嘆の声が漏れた。

「そうだね。凄いね」

左隣から聞こえたのは冷静な、それでも、普段よりも感情を込めた、背伸びした声。

両隣の二人が、まだ声変わりすらしていなかったある日の時間。もっと違うことも話していたはずなのに、何故か、その光景ばかりが心に浮かぶ。

あの頃の私達はまだ、自分の気持ちや欲望の正体を知らずに、ただ、皆でいる時間を全力で楽しんでいた。

二十年にも満たない人生だけれども、きっと、あの頃よりも幸せな時間なんてあり得ないと、そう、断言できる。

だから、この冬空の時間がいつまでも続けば良いと、幼い私は切実に願っていた。

 

第一章

 

――魔法の話をしよう。

その前にまず、この世界の仕組みについて説明しなければならない。

この世界は、第一世界と第二世界の相互作用で成り立っている。

第一世界は、物理法則が適用される世界だ。この世界を我々は、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感を使い認識している。

第二世界は、これは抽象的な説明になるのだが、精神やエネルギーが渦巻く、通常人間が知覚できない世界のことだ。とは言っても、全く知覚できないわけではなく、第六感が発達している人間には知覚可能である(第六感は全ての生物が持っているものだが、多くの人間は退化しており、その機能をほとんど活用できていない)。

前述した通り、第一世界と第二世界は相互関係にある。例えば、「火が起きる」という現象は、第一世界での物理現象が第二世界に干渉し、そこで発生するエネルギーの動きが第一世界に現出することで発生する。

このような相互関係の作用の結果として、我々の認識できる世界は存在する(余談だが、五感と第六感の働きにより、第一世界と第二世界の重なりを現実として認識している、という説もある)。

この仕組みを第一世界の面から探求するのが「科学」であり、第二世界の面から探求するのが「魔術」である。

「魔術」という言葉は「魔法」と混同されがちだが、この二つは明確に違うものである。

まず「魔術」についてだが、第二世界の面から仕組みを探求すると述べたが、具体的にはどのようなものか。結論から言うに、これは一種の言語学であると解されている。

「魔術」を使う者――「魔術師」は、「呪文」を唱えることで現象を発生させる。彼らは、第二世界のエネルギー(彼らは「精霊」と呼んでいる)に「呪文」を用いることで、直接、第一世界に干渉するように呼びかている。つまり、我々のように第一世界を通して、間接的に第二世界に干渉するのではなく、直接第二世界に干渉しているのだ。

そのため「魔術」を学ぶには、第六感の発達は元より、優れた聴覚を持つことが前提となる(ここで言う「聴覚」は、第六感に含まれるものだが、便宜上「聴覚」という言葉を用いる)。

「魔術師」は日夜、どのようにすれば「精霊」との交渉を円滑にすることができるのかを研究している。彼らが儀式などを執り行うのは、その交渉を有利にするための場を提供するためだ(薬品などが用いられるのは、第一世界を通して第二世界に干渉し「精霊」の気を引く為であり、その意味において「科学」と通ずる部分も存在する)。

一方「魔法」は、第二世界に干渉するために「呪文」を必要としない。「魔法」を使用する者――「魔法使い」は、ただ、「思う」だけで第二世界に干渉することができる。そこにどんな原理が存在するのかは未だに不明である(一節には、脳内のイメージを第二世界に投影しているとされるが、立証する術はない為、妄想の域を出ない)。

また、第二世界に干渉せずに、第一世界の物理法則上あり得ない現象を起こした「魔法使い」も存在するとされる。

「魔法」の原理は解明できないものの、現実問題として「魔法使い」は存在する。私は、彼らの持つ「力」が我々の知を超えたものであり、第一世界と第二世界を含めた、大きな意味での「セカイ」の存在を左右するものではないかと危惧している。

その為、我々は――

 

「はい、長文ご苦労さん。座って良いよ、ケイ」

ユウリ先生の一声で、ようやく私は着席することが許された。心なしか、喉が痛い。

私は恨めしい視線を投げかけるが、先生は気にも留めずに授業を続ける。基本的には良い人なのだが、長文の本読みをさせるのが玉に瑕だ。

「えー、まあこのように、君らの使う「魔法」は特別なものだ。だからこんな風に、うちの高校には「魔法使い」を集めた特別クラスを作って、使用法を間違えないように教育してんだとさ。だから、無駄に魔法を使って私を困らせんなよ、キリオ」

名指しされたキリオは、すんませーんと軽い返事をし、九人しか生徒のいない教室では笑いが起こった。彼は昨日、魔法を使って学校でぼや騒ぎを起こしたばかりなのだ。ユウリ先生は舌打ちをしながらも、まあ良いかと教材をまとめた。

「今日はここまでだ。じゃあな、各自宿題忘れないように」

そう言って、ユウリ先生は気だるげな足取りで教室を出て行った。

時刻は午後三時過ぎ。後は退屈なホームルームが終わるのを待つだけ。

うーんと伸びをすると、身体が少し軋んだ。じっと授業を受けていると、身体が固くなって仕方ない。

「年寄り臭いことすんなよ」

後ろの席からこつんと、何か固いものを当てられた。振り返ると、シャーペンのノック部を突き出し、悪戯に笑うタクヤの顔があった。

「意外と痛いんだけど、それ」

頭をさすりながら一睨みするも、全く動じずにタクヤは笑う。

まだ一年にも満たない友達付き合いだけれども、まるで十年来の旧友のように、彼には遠慮というものが存在しない。出会った当初こそその馴れ馴れしさに苦手意識を持っていたが、今では何の不快さも感じずに彼と接することができる。彼の人懐こい性格の賜物か、それとも単純に私が慣れてしまったのかは分からないが。

「まーたまた見せつけてくれますなぁ。トモさん、ヤキモチで苦しいですよ」

ニタニタと、トモが近づいてきた。走る度に、ワンサイドアップに留めた髪が揺れる。

タクヤと同じく、彼女も高校からの付き合いだ。人をからかうのが好きなのは困りものだが、基本的に優しい、快活な女の子だ。

「トモ、止めてよ。こんな奴と惚気る関係になるのなら、私は今すぐに舌を噛んで関係を断ち切るよ」

ひでぇ、と抗議の声を上げるタクヤに、くすくすと愉しそうに笑うトモ。

「おいおい、俺を除け者にして何の話してるんだよ」

拗ねたように、お調子者のキリオが輪に入ってきた。

「いやいや、この二人が相変わらずの熱々でねぇ」

「だからさぁ、トモぉ」

「なーんだ、いつものやつか」

「もう、キリオ、あんたまで」

もういいと、そっぽを向く私を見て、皆――タクヤまでもが愉しそうに笑う。自分の扱いに溜め息を漏らしながらも、心の中で、私も気持ち良く笑っていた。

高校二年生の冬。一年とちょっとの私達の関係は、皆が楽しい時間を過ごせるものへと変わっていた。

 

 

*  *  *

 

 

学校が終わり、家に帰って夕飯を食べてから、私は何となく夜の道を散歩していた。私の家は山を切り開いた住宅街にある。住宅街とは言っても、周りは割と自然だらけ。道を照らす明かりは心許ないが、おかげで、星がよく見える。

大空に浮かぶ冬の大三角を仰ぎながら、とりとめもなく考え事をしていた。

と、山頂近くまで来たところで、自転車にまたがった人影を見つけた。その人物もまた、夜空を見上げていた。

こんな寒い日に酔狂なと思いつつ、私は近づいていった。

その人物に、心当たりがあったのだ。

「物好きだね、こんな寒い日に」

声を掛けると、そいつ――ユウタはこちらに視線を向け、あっと声を漏らし、そして――ゆっくり微笑んだ。

「お前には言われたくないよ、ケイ」

そんな言葉を聞き、私は確かにと頷いた。

 

「そんで、第二世界には精霊の王様がいるんだけど、そいつは今人間の支配下にあるんだってさ。それで第二世界の権威が落ちて、第一世界で科学が発達することができたんじゃないか、とか」

ユウタは今日の授業で習ったことを教えてくれた。住んでいる町は同じだが、通う高校は別々。加えて私は魔法使いで、彼は魔術師への道を歩んでいる。そのせいか、ここ最近のユウタとの会話は、常に新鮮なものに感じる。

「ふーん。魔術って色んなこと学ぶんだね」

「まあな。科学も元々は魔術の一分野だったんだし。今役に立つかは分からないけど、世界の仕組みを学ぶことはできるよ」

人間の文化は魔術から始まった。

大昔の人間は、地球上で最も優れた第六感を持つ生物だったという。彼らは精霊達とコミュニケーションをとり、その力を利用することで自然界の優越的地位を手に入れた。

だが、そうやって手に入れた暮らしの便利さと引き換えに、人間の第六感は衰えていく。精霊との関係が薄れ、生活水準の低下を恐れた人間は、第六感を使わずに精霊達の力を利用できる魔術――「科学」に目をつける。

科学は魔術のように使用者を選り好みしない。そのため、文明は急速的な成長を遂げることとなり、現在に至る。

そう、ちょっと前にユウタに教えてもらった。私達魔法使いの子供達には、そこまでのことを教えてはくれない。

「世界の仕組み、か。何て言うか、ちゃんとしたことやってるんだねぇ」

うーんと伸びをしてから、私は空を仰いだ。広がる世界に煌めく星々。それを見上げるだけの、ちっぽけな私。

「私達なんてさ、今日も魔法を使う心構えみたいなのを聞かされただけ。どう使えば良いのか、何ができるのかも、分からないのに」

「仕方ないだろ。魔法については分からないことだらけなんだ。教えようにも、教えようがないって」

ユウタの言うことは最もなんだろうけど、それでも当事者としてはたまったものじゃない。

第六感を持たない人達には様々な道がある。魔術師、魔法使い以外なら何にだってなれるチャンスがある。魔術師の適正がある子にだって、魔術師以外の道は残されている。

でも、魔法使いの適正を見出されれば、それ以外の道はなくなってしまう。魔法使いの適正を持つ者は、全世界に千人といない。そのため、幼少の頃に魔法を見出された子供は、すぐさま魔法使いとしての道を歩まされる。

魔法使いとは言っても、それは職業と呼べるものではない。魔法について解明さていることはほとんどなく、有効活用することが難しいのだ。

魔法は、使い手によって様々だ。何もないところから火を起こすことしかできない者もいれば、物質を変化させ、全く新しい物質を作るような者までいる。世の中の役に立つものもあれば、全く何の役にも立たない魔法だって存在する。私達は高校卒業までに、どんな魔法を、どのように使うのかを見極めなければならない。もし、それが何の役に立たない者だと分かった場合は、恐らく、一生を政府の研究機関でモルモットとして過ごすことになるだろう。そして、モルモットとして人生を終える魔法使いの方が、この社会では圧倒的に多い。

魔法は基本的に、何の役にも立たないものなのだ。

「あーあ、魔法使いになんて生まれなければ良かったなぁ」

投げやりな声が漏れる。後一年ちょっとで、高校生活は終わる。それまでに自分の力を決定付けなければ、お先は真っ暗。

私はまだ、自分の魔法をきちんと理解していない。感情が爆発したりすると第二世界の精霊達が活性化し、風が巻き起ったりするが、せいぜいその程度。自分の意思で、何かできるわけではないのだ。

このまま、モルモットか。

そんな不安が、日に日に強くなっていく。

「そう悲観すんなよ。学院に行ってモラトリアム伸ばす手だってあるんだし、何か見つかるよ」

ユウタはニッと笑顔で言ってくれる。何となく、腹が立った。

「ユウタは良いよね。成績優秀で、学院の推薦ほぼ確実って言われてるし」

ユウタの噂は、この町では最もポピュラーなものだ。駄菓子屋のおばさん曰く、この町から有名学院の先生が輩出されるよ、とか。

魔術師の道だって険しいものだ。現代社会において魔術に実用性はなく、熱心に勉強してもどこかの会社に勤める手助けにはならない。学院に行って、研究者としての人生を送る以外に道はない。

それでも、だ。そこには自由意思がある。

私にはそもそも、選択肢すらないというのに。

ユウタは困ったように微笑む。こいつは分かっているのだ、私の気持ちを。

ずっと一緒にいたから。物心ついた頃から、一緒にこの町で育ってきたのだから。

堪らなくなって、ユウタから視線を逸らす。

冬の空は変わらないように見える。けれど、私が知らない内に、消えてしまった光だってあるのだろう。

「また、昔に戻れないかな」
夜空を見つめたまま、私は呟く。星が、本当に綺麗だ。

「昔みたいにさ、三人ではしゃぎ回って、星を見て。ずっと、一緒に……」

「……ケイ」

咎めるような、なだめるような声で、ユウタは私の名を呼んだ。表情は見えない。見たく、ない。

「正直、俺も将来のことなんて考えたくないよ。それでも、前に進むしかないんだ。昔の時間は、絶対に帰ってこないんだから」

――分かってるよ、そんなこと。

口に出さずに、心の中で言った。

風がざわざわと木々の間を抜けていく。冷たい、冷たい風が。

見つめたままの夜空では、星が一つ、流れた気がした。

 

 

*  *  *

 

 

変わらないで欲しい。

そう願うのは自由だが、世界がそれを聞きいれてくれることはない。

一見すると平穏に回る日常も、実は変化の繰り返し。

世界は絶えず、私の気付かないところで変わり続けている。

その日、休憩時間に席を立とうとすると、タクヤが声を掛けてきた。

「ケイ、あのさ」

「何? そんなにひそひそ声でするような話?」

お調子者のタクヤが、真剣な面持ちでこちらを見ている。違和感を覚えつつも、私はもう一度椅子に座った。

「最近、第二世界の様子がおかしくないか?」

私達の持つ魔法は別々だが、一つだけ共通点がある。それは、第二世界を“知覚できる”という点だ。

魔法同様、知覚の方法も人によって異なる。私は特に視覚と触覚が優れているらしい。スイッチを切り換えるように、世界を色や温度、空気の振動として認識することができる。

「おかしい……って、あんたも何か感じるの?」

ここ数日のことだ。第二世界に在るもの――エネルギーやら精霊やら――が妙にざわざわしてるように感じる。大騒ぎしているわけじゃないので私の勘違いかと思っていたのだが……。

「やっぱりそうか。何か、厭な感じがする」

「うん。でも、だからって何か私達にできるわけじゃない」

私達が気付いているのに、政府公認の魔法使い達が気付かないはずがない。彼らもこの違和感を察知しているのなら、もう対策は為されているはずだ。

まあ、例え何の対策が無いとしても、私達にできることは、何一つ無いのだが。

「そりゃそうなんだけどさ……。あー、何だかもどかしいよな。せっかく魔法っていう特別な力持ってるのに、何もできないなんて」

タクヤは伸びをしながら言う。お調子者だが、彼の根っこには正義の心がある。最近分かってきたことだ。

ふと視線を感じた。

辿ると、トモと目が合った。

彼女は慌てたようにぎこちなく微笑んで、すぐさま視線を逸らした。

トモらしくないその様子を疑問に思いながら、その日一日は何気なく進行していった。ただ、心なしか、普段よりもトモとの会話が少なかったように感じる。

そして放課後、帰り仕度をしていた私のところにトモがやって来た。

「ねぇ、ケイ。話が、あるんだ」

予感がなかったと言えば嘘になる。一年とちょっとの付き合いではあるが、それでも私とトモの日常にはそれなりのリズムが生まれていた。それが、今日ばかりは少し違っていた。

どうしたの? と聞いても、ちょっとねとはぐらかすトモ。誘われるがままに、校舎裏までついていく。

辺りに人影はない。

「ケイってさ」

トモはこちらに背中を向けたまま切り出した。ざわざわとした風が、地面を撫でる。

「タクヤのこと、どう思ってる?」

風が去った後、ほんの少しの静寂が私達の間を満たしていた。

切り出して、なおも振り向かないその背中は、心なしか小刻みに震えているようで。それが、何よりも雄弁にトモの心境を物語っていた。

驚きよりも、やっぱりと思う気持ちの方が強かった。とは言っても、気付いたのは今日、タクヤと話をしていた時なのだが。

「良い奴、だよね」

率直な感想だった。けど、トモが満足するような答えではなかったようだ。

振り向いたトモの、真剣で切実な目。問いただすように、懇願するように、瞳が滲む。

「好きか、嫌いかって、聞いてるんだよ……」

問いただすような言葉は、けれど力なく消えて行く。正直、ここまで思いつめてるとは想像していなかった。

トモは強い子だ。辛そうに見える時でも余裕を見せて、私達を引っ張ってくれた。それが今は、崩れ落ちそうな程弱々しい姿を見せている。

いや、弱々しいなんて言葉は適切ではないのだろう。ただただ真剣で、精一杯なだけなのだ。

「ごめん」

言って、トモは反省するように視線を逸らした。

「ちょっと余裕なかった」

いつもの気遣い屋のトモが、苦しそうに言った。

トモには悪いが、そんな彼女の様子を、私はどこか微笑ましいと思った。だって、こんなにも“好き”に一生懸命なのだから。

「そんなに、タクヤが……」

「言わないで!」

顔を真っ赤にしながら止められた。本当に、いじらしい。

真剣な彼女のためにも、私はきちんと答えることにした。

「トモ」

恐る恐るこちらを見やる瞳に笑みを返し、私はできるだけ落ち着いた口調で言った。

「私、タクヤのこと、友達としては好きだよ。けど、それ以上に思ったことは、ないよ」

タクヤは良い奴だし、話していて楽しい。けど、それはあくまで友達としてであって、女と男としての感情は全くない。

私の言葉に、トモはふっと息を吐いた。

だが、肩の力を抜いたのも束の間。困ったような視線で、私に次の問いを投げかけた。

「じゃあさ、もしタクヤがケイに告白してきたら、ケイは何て答える?」

「……え?」

ぽかんと情けなく口を開いたまま、私の思考は一瞬停止した。

「なんで、そうなるの?」

私としては至極当然の疑問だが、返ってきたのは呆れたような溜め息だった。

「いや、何で気付いてないのよ。どう考えても、タクヤってあんたのこと好きでしょ」

「え、マジで……?」

青天の霹靂とはこういうことだろうか。確かにタクヤとは仲良くやっているが、そんな考えは一度もしたことがなかった。

そんなことを言うと、トモの視線がきついものへと変わった。どうも殺気立っている気がする。

「あーもう! この鈍感さが憎らしい! 殺してやりたい!」

「トモさん、心の声が漏れてますよ」

……殺気立っているのは、気のせいではなかったようだ。

それにしても、だ。まさか、タクヤが私のことを好いていたなんて。

何だか、変な感じだ。好いていてくれることは喜ばしいことなのだろうが、それで何か特別な感情が起こるかと言えば、そんなことは全くない。

むず痒い感じはするが、それでも私はただ、事実を事実として受け入れるだけだった。

「そっか、そうなんだ。でも、告白されたとしても、私は断るよ」

そう答えたが、これはトモに義理立てして言ったのではない。

タクヤの話は関係なく、私には、男と女が付き合うというのがよく分からない。好きなら、必ず男女の関係にならなければいけないのだろうか。

好きなだけでは、いけないのだろうか。

好きなだけなんて、しょせんは綺麗事。性欲や、独占欲がある以上、男女の関係になるのは当然。

それは、頭では理解できる。けれど、全ての女と男の関係が、そうだとは思いたくない。

「私さ、タクヤのことがどうこう以前に、男女の関係とか、あんまり好きじゃないんだ」

……それを認めてしまうと、崩れてしまうものがあるから。

たぶんトモは、納得してはくれないだろう。けれど、それが正真正銘、私の素直な気持ちだった。

 

 

*  *  *

 

 

「どうしたもんかなぁ」

ユウタは頭を抱えていた。

昨日に引き続き、満天の星空の下、私達は示し合わせたわけでもなく一緒になった。こんなに短い期間で、ここで話すなんて最近はなかったことだ。

ユウタが悩んでいるのは、友達の進路のことだ。聞けば、同じく魔術師になろうとする友達が将来の無い分野に進もうとしているらしい。

「そもそも魔術師になること自体、茨の道なんだよ。けど、よりにもよって、ゴーレムの研究するとか言ってんだよ……」

ゴーレムとは、石で作った人型を第二世界と同調させることで生み出された疑似生命のことだ。大昔――まだ科学が生まれていなかった頃、最も盛んに行われていたのが、このゴーレムの研究だという。

ゴーレムを作ること自体に、メリットはほとんどない。ただ、第二世界と生命の関係を探究することで、副次的に“永遠の命”を生み出せることができるのではないかと、当時の魔術師は考えていたそうだ。それを理由に多くの貴族から研究資金を工面してもらい、大きな発展を遂げた。しかし、何十年経とうと“永遠の命”に辿りつくことはできず、ゴーレムの研究は衰退していった。今となっては、ゴーレム作りという道楽が残されたばかり。

ユウタの友達は、それでも人生楽しい方が良いと、ゴーレム作りの道を選ぶそうだ。

「そりゃあ本人のやりたいことやるのが一番なんだろうけど、それでも生活全部を犠牲にするような仕事ってのがなぁ……」

ユウタは本気で悩んでいる。友達とはいえ、他人のことなのに。

こいつは、昔からこうだ。他人のことを、自分のこと以上に真剣に考える。人が良すぎるのだ。短所ではないが、決して長所ではないと私は思う。

もっと自分のことを考えてあげなよと、怒りすら湧いてくる。

「最終的に大切なのは、本人の意思でしょ。ユウタがどうこう言っても、仕方ない」

どこか刺々しい口調になっているのは自覚している。けれど誰かが言ってやらなければ、こいつは自分を顧みようとすらしない。

もっとも、言っても聞かないのは、私が一番よく分かっているのだが。それでも、だ。

「今は、自分のことに集中しなよ。自分の将来だって、凄く大事でしょ」

「……そう言うケイだって、人のこと言えないだろ」

聞こえないフリをして、草原に寝転んだ。今日も星が綺麗だ。

ユウタも、隣に座って同じ夜空を見上げる。友達のことはとりあえず脇に置いておくようだ。

風も、時間も、緩やかに流れて行く。

「ねぇ、ユウタ」

おもむろに呟いた。

「もしさ、あんたに彼女ができたり、私に彼氏ができたりしたら、さ。こんな風に話したり、できるのかな」

「どうしたんだよ」

苦笑混じりのユウタの声。

「いやね、何となく」

そう、何となくだ。特に答えを期待したわけではない。ただ、トモとの出来事が、頭を掠めただけ。

けれど、ユウタはきちんと考えて、答えてくれた。

「こんな時間は減るだろうけど、変わらない、だろ」

「そっか」

何事もなく、私達は星を眺め続ける。

――変わらない。

その言葉が、胸の中にじんわりと沁み込んだ。

 

 

後篇