光跡のアルケー 第二章 前篇

光跡のアルケー ~変わりゆく世界~ 第二章 前篇  淡夏

 

 

最初にさじを投げたのは母親だった。

物心つく前から、私には魔法使いになる兆候があった。私が泣き叫べば物は壊れ、鳥達が急に騒ぎ出す。周りには迷惑なことではあるが、それでも、その程度で済んでいれば、酷いことにはならなかったのかもしれない。

問題は物心つき始めた頃。少しずつ、自分と他人の違いを認識できるようになった頃だ。それまでとは違い、悲しみは色を増し、怒りは、明確な誰かへと向けられるものへと変わっていく。

私が感情を顕わにすると、誰かが傷ついた。

その度に、母親の表情は固くなっていく。

夜、両親が言い争う声で目覚めることが増えた。原因は聞くまでもない。

だから私は、必死に自分の感情を抑えつける努力をした。堪えて、堪えて、堪えて。

それでも、母親はいつの間にかいなくなっていた。

捨てられてというよりは、逃げて行ったんだろなと思った。正直なところ、それ程ショックでは無かった。その時には、心を閉ざすことにも慣れ始めていたのだから。

父も、私を、魔術師候補の孤児達が集められた施設へと押しつけてどこかへ行ってしまった。そういう施設なら、魔法使いでも何とかしてくれると考えたのだろう。それ以降、両親とは一度も会ってない。たぶん今更会ったところで、ただの他人でしかないんだろうなと思う。

施設での生活を特に不自由に感じたことはなかった。先生達も優しい人ばかりだし、集められた魔術師候補達も大人しい子ばかりだった。

それでも私は、誰に対しても何の感情も抱かないようにしていた。

感情を見せれば、また誰かを傷つける。

同じことを、二度も繰り返したくはなかった。

 

そんな風に、灰色の世界に閉じこもっていた時だった。

――二人と、出会ったのは。

 

第二章

 

それは、巨大な直方体だった。

二十メートルはあるだろうか。その巨体はビルのように二階建ての校舎を圧倒している。表面は自然物ではなく、かといって人工物とも言い難い何かでできていた。大理石のように艶やかなのに、大海原のようにうねっている。第一世界の、どんな法則にも基づかない“物質”だ。

そのうねりの上を滑るように、一つの大きな目が忙しなく動いている。何かを探すように、ぐるぐる、ぐるぐると。

「夢に出そうだな」

そいつから百メートル程離れたところで、丸眼鏡をかけた天然パーマの男が呟いた。纏っている白衣はとこどころ煤で汚れている。

「出るでしょ、ありゃ。監視していた奴が言っていたんですが。生死に関わらず、校舎にいる人間は残らず取りこんでいたらしいですよ」

その隣で、背の高い、白い軍服を着た男が言った。

「くちゃくちゃと、咀嚼するみたいに」

「そりゃあ見なくて良かった。見てしまったら、今頃朝食ったベーコンエッグと再会してる」

軍服の男は笑みを浮かべようとしたが、ぎこちなく口端を歪めただけだった。

「にしてもだ、連中は何考えてるんだろな。あんなもん呼び出すなんてな」

「やはり、連中の仕業なのですか」

「だろうな。まったく、魔術師のやることはこっちの常識に収まらないんで困る。エネルギーの物質化なんて聞いたことがない。ああも簡単に第一、第二世界の法則を崩されたんじゃ、こちとら商売あがったりだ」

「そういう問題ではないだろう」

二人の会話を諌めるような声が、背後から聞こえた。

「ユウリ殿か」

白衣の男が振り向くと、そこにはぼろぼろになったユウリがいた。服は破れ、あちこちに傷ができていても、ユウリは気丈に振舞う。

「状況報告」

軍服の男は敬礼をし、報告をした。

“目”は何もないところから突然現れたのだが、ユウリからの連絡があったからこそ迅速な対応ができたこと。

それでも、学校や周囲にいた人間はほとんど“目”に食べられてしまったこと。

自分達の兵器は通用せず、先駆隊は全滅してしまったこと。

「……つまり、状況は絶望的というわけか」

ユウリは眉間の皺をより深くした。それに対し、白衣の男は首を振る。

「いや、これでも最小限の被害に収まっとりますよ。ユウリ殿もご無事でしたしな」

「何が無事なものか。生徒達が……」

ユウリは唇を噛み締め、目を閉じた。そうして開かれた瞳に、感傷的な色はなくなっていた。

「対策は」

「データ不足ですな。こちらの武器では、傷一つつかない。最も、半径百メートル以内のモノにしか反応しないようで」

「様子見せざるを得んか」

ユウリは“目”を睨んだ。

――その時である。

突如強い風が吹いた。風は凄まじい勢いで、空へと舞い上がっていく。

「ありゃ、何だ……」

三人の目線の先には穴があった。空にぽっかりと空いた、巨大な穴。風は、地上のものを吸い上げ、穴へと運んでいく。

誰もが呆然とする中、真っ先に動いたのはあの“目”だった。

表面が波打ったかと思うや否や、直方体は、膨れ上がるように半球へと変化した。目は頭頂部から、穴を見据えている。

そして、穴から何か、光の粒が地上へと降ってきた。粉雪のようにはらはらと降り注ぐそれは、次第に一つの形へとまとまっていく。巨大な、人の形へと。

それを迎撃するように、半球からうねうねとした蛇のようなものが伸び、鞭のように光に包まれた人型を襲う。

空間を裂く勢いで振るわれた一撃は、しかし人型を覆う空気の層に阻まれ、弾かれる。

もう一撃とばかりに鞭が振るわれようとしたその時、人型から青い光が発せられ、大気が振動した。鞭はその衝撃でちぎれ飛び、分解され空間へと融けていった。

ぱらぱらと青い光の粒が舞い散る中、そこには巨人――ゴーレムの姿があった。

「あれは……」

白衣の男と軍服の男が唖然とする中、ユウリは静かに呟いた。

「あれが――アルケー」

ゴーレムは威圧感を放ったまま、静かに佇んでいる。

 

 

*  *  *

 

 

青い、海の中をたゆたっているようだった。

上も下も、右も左もない。

ここには果てがない。

どの方向にも進むことができるが、どこにも辿り着くことはできない。

少しずつ、指先から、私という存在が融けていく。

ゆっくりと、意識が、薄れていく。

恐怖すら感じられないまま、私の瞼は閉じられ……。

――ケイ。

懐かしい、声。

忘れることのない、大切な、誰かの声。

その声に導かれるように、私は再び、瞼を開いた。

何をしているんだろう、私は。

このまま、消えて良いはずがない。

消えたくなんか、ない。

心と身体に喝を入れ、抵抗をしてみる。その瞬間、目の前が真っ白になり――。

 

気が付けば、私は椅子に座っていた。石でできているせいで、座り心地は悪く、お尻が痛い。

玉座みたいだな、と思った。

仰々しい装飾が施されているわけではないのだが、作りがしっかりしているためか、どこか荘厳な印象を受けたのだ。

玉座の周囲には、パノラマ状に景色が広がっている。だが、窓があるわけではない。認識を第一世界に合わせると、景色は消えて冷たい石の壁があるだけだった。理屈は分からないが、石の壁は、第六感で使用することができるモニターになっているようだ。ただ、第六感を使用しているのに、頭の中で再現される風景は色と形だけの抽象的なものではなく、第一世界を知覚する時のものに近い。

もう一度、第二世界に認識を合わせる。その瞬間、左手から何かがぶつかってきた。

玉座にしがみつき、衝撃が起こった方向を見る。

そこにいたのは、あの“目”。

ぎりりと、奥歯を噛み締めた。

――許せない。

壊された教室。

殺された皆。

何も、戻りはしない。

“目”に対する恐怖は、もうない。

あるのは、心の底から沸き起こる暗い気持ちだけ。

――許せない。

その気持ちをぶつけるように、私は玉座の肘掛にある、丸い石を握りしめた。

 

 

*  *  *

 

 

一方的だった。

一本だった蛇が半球の縁から数十本と溢れ出し、一斉に巨人へと喰らいつく。

顕現した時の力はどこへ行ったのか、ゴーレムはされるがままに攻撃を受け続ける。

「何だ、さっきの力はどうしたんだ」

軍服の男の呟きに、白衣の男が答える。

「恐らく、第二世界から第一世界に物質転換する時のエネルギーが波となり、あの“目”の攻撃を弾いていたんだろう。だが、今あのゴーレムの身体は第一世界に固定されてしまったが為に、物理的な攻撃を防ぐことはできないんだ」

首をひねる軍服の男を余所に、白衣の男はそれよりもとユウリに尋ねた。

「ユウリ殿、アルケーとは、一体……」

その問いにユウリは答えず、ただ巨人をじっと見据えていた。

“目”の攻撃は、いよいよ激しさを増していく。

無数の蛇達は、ついにその口をぱっくり開き、巨人の四肢へと噛みつき持ちあげる。そして、残った蛇は次々と顔に襲いかかり、執拗に弄り続けていた。

蹂躙。

暴風の如き猛攻は止まることを知らない。それどころか、一秒毎に苛烈さを増していく。

それもそのはず、何故なら――ゴーレムには、傷一つついてはいないからだ。

“目”の攻撃はどれもが致命的なはずなのに、ゴーレムの身体のどこを破壊することも叶わない。

同じ攻撃では駄目だと悟ったのか、“目”は形状を変えようと身体を震わせた。

そして、攻撃の手が緩んだ――その瞬間。

ゴーレムが、動いた。

両腕に纏わりついていた蛇を、力を込めて引きちぎる。

大気が震え、周囲に感情のようなものが伝播する。

痛い。

辛い。

苦しい。

それは、質量を伴った“目”の叫び。生物が身の危険を感じた時に抱く、恐怖そのものだった。

ゴーレムから蛇を離し、“目”は後ずさる。

しかし、ゴーレムは着地するや否や、引っ込んでいく蛇を左手で掴み、“目”を引き寄せる。そして、その勢いを利用し、右の拳を“目”に叩きつけた。

ずぶりと、拳が“目”の中心へと沈むんでいく。

響く絶叫。

半径数百メートルに居た生物は失神し、理性ある者も、耐え難い頭痛に膝をつく。

だが、ゴーレムは更に拳を埋めを、そのまま天へと突き上げ。

――それで、事は終わった。

ぴくりと、半球が波打ち、それきり動かなくなる。そして、“目”の身体は、端から空間へと融けていく。まるで、初めから何もなかったかのように。

後には、拳を突き上げたまま静止する巨人だけが残った。

 

 

*  *  *

 

 

空は広く、夜は深い。

けれど、星々の輝きが照らしてくれたおかげで、私達三人は互いを見失わないでいられた。

――ケイ。

懐かしい声。

振り向き見た顔は、靄がかかったようにはっきりしない。

――ケイ、どうしたの?

歳の割に、どこか落ち着いている彼の声。表情は見えないけれど、きっと微笑んでいるのだろう。何となく、それだけは分かった。

何でもないと首を振り、彼の向こう側にいるユウタを見た。ちらりとこちらを見るも、視線が合いそうになると逸らされる。

らしくない。いつも、駆け出さずにはいられない程元気さを持て余しているのに、こんなに大人しいのはどこか具合でも悪いのだろうか。

――ねぇ、ケイ。

再び、彼の声。

彼の目はこちらには向かず、悠然と広がる空を、雪の欠片のように煌めく星々を、穏やかな表情で見上げていた。

――このままが良いよね、僕達。

――ずっと、ずっと。

 

 

ずっと――変わらない。

 

 

目を開く。

視界はぼやけて輪郭しか見えない。

目が慣れていないのだろうなと、ぼんやり理解できる。だから、それは良い。理解が及ぶのなら、それは何とかなることだ。

問題は、常に理解の外側にある。

最初は眩暈のようなものかと思った。ちかちかと、世界が点滅する。

赤、青、黒、白。

様々な色が私の視界を占有しようと押しかけ、争っている。それが目だけの異常なら良かったのかもしれないが、色が変わる度に、何かが肌を撫でていく。優しく気づかうような肌触りのものもあれば、サメ肌で身を削られるような暴力的なものもある。乱雑にチューニングされたテレビの森の中にいるように、耳には絶えず雑多な音が聞こえていた。

ひどい頭痛がする。

脳が、限界を越えて私を取り巻く状況を理解しようと稼働する。

溢れ出る言葉の奔流。それに抗うように、私は目を閉じ、思いきり息を吸い込んだ。

何も考えないように。

言葉を頭から追い出す。

言葉が消えると、それに伴うイメージも消えていく。

イメージが消えると、残ったのは抽象的な感覚だけ。

もう頭痛はない。

落ち着いて、感覚器官を第二世界から第一世界に適応させていく。

目は光を、耳は音を。

一つずつ、スイッチを切り換え、瞼を開いた。

視界いっぱいにひしめいていたとりどりの色はどこへやら、目に飛び込んできたのは、真っ白な部屋だった。

病室だろうか。部屋と同様に真っ白なベッドに、私は寝かされていた。半身を起そうとするが、身体中に広がった倦怠感が邪魔をし、なかなかうまくいかない。

「無理するな。もう五日も眠っていたんだ」

ぼやける視界が、隣に座るポニーテールの人物を捉えた。

「ユウリ先生……。五日、って……。それよりも、何が起こってるんですか。先生、あなたは……。あのゴーレムは……」

聞きたいことは山ほどあるはずなのに、何から聞けば良いのか分からない。そもそも、分かったところで、理解することはできるのだろうか。

「そうだな、何から答えようか……」

混乱する私に、ユウリ先生は、ただ穏やかな表情で応じてくれた。なだめるように、元気づけるように。

「まず私は、政府の人間だ。“機密情報管理局”所属、椿ユウリ。それが私の正体だ」

「機密情報、管理局……?」

「聞き慣れないのも無理はない。まあ、簡単に言えばスパイや工作員のようなものと思ってくれれば良い」

ユウリ先生の言葉に、私は気の抜けた返事をすることしかできなかった。正直なところ、唐突過ぎて話を呑み込めない。それ以上に、理解を越える展開が続き、脳が思考を停止させようとしているようで頭が重い。

それでも、私の中にある“知りたい”という欲求は、無理矢理ユウリ先生の言葉を咀嚼し、次の問いに繋げようとする。

「そんな人が、どうして、学校の……」

そこまで口にしたところで、また新たな疑問が持ちあがる。

そもそも、あの学校は一体何だったのか。ユウリ先生がいたことや地下にあんなものがあったからには、きっとただの学校ではなかったのだろう。

その旨を口にすると、ユウリ先生は渋い顔で頷いた。

「そう、だな。こうなった以上、隠す意味もないな。あの学校は――」

「少し口が過ぎるのではないか、ユウリ」

かつんと、何か固いものが床を叩く音。驚いて音のした方に目を向けると、そこには一人の老人がいた。

老人とは言っても、しなびた弱々しさは全く感じられない。しゃんと伸びた背筋に、世の中を睨むような鋭い眼光。ついている杖も足が悪いからではなく、ただ威圧感を増長させるためにあるように思われる。ただ、色素の抜けた髪の気と、顔に刻まれた皺だけがその年齢を物語っていた。

老人を見るや否や、ユウリ先生はすっと立ち上がり、綺麗な角度で頭を下げた。

「これは失礼しました。こちらにいらっしゃるとは聞いていなかったもので」

「ふん、誰が管理局にいちいち報告して行動するか。どこに行こうが、儂の勝手だ」

「して、学院長様。本日はどのようなご用件で?」

学院長――そう呼ばれる人を、私は一人しか知らない。

后堂ゴウジ。科学や魔術を志す人間が集う“学院”を統べる希代の大魔術師。それがこの老人の正体だという。

元々、学院は世界中の魔術師達が集い作り上げた共同研究施設だった。数百年の歴史の中で様々な権力と結びつき、今や政府と肩を並べる程の力を持った組織へと成長した。だから学院に進学し、その中で生き残ることは、将来巨大な権力を手にする道へと通じている。

魔術師に残された、数少ない“成功”の道。ユウタは、そう言っていた。

権力の頂点に立つ老人は不機嫌な表情を浮かべながら言った。

「なに、世界と通じた魔法使いを一目見ようと思ってな」

そうして私に向けられた視線。第六感を使うまでもなく、そこには深い憎しみの色が見てとれる。

「こんな小娘が、“アルケー”と繋がるとはな」

謂われのない感情をぶつけられ、私はどう反応すれば良いのか分からなかった。

ふんと鼻で笑うと、后堂ゴウジは踵を返した。

正直、腹が立った。

「待ってください」

だから、相手がどんな人かも考えず、去っていく背中を呼びとめていた。

振り向き見る目には、明らかな苛立ちが籠っている。それに負けじと、私は背筋を伸ばす。

「きちんと、説明してください」

何も分からないまま、ただ流されるだけなんてごめんだ。

后堂ゴウジの目を、真っ直ぐに見つめ返す。否定するように冷たく、同時に憎しみの炎を燃やす視線。

怖い、とは思う。けれど、ここで逸らせば負けてしまう。

睨み合いは、しかし后堂ゴウジの不機嫌な声で終わってしまった。

「気に食わんな」

端から勝負になどならない。思い上がりも甚だしいと、その目が語っている。

「説明、だと。魔法使い相手に説明とはな。儂ら魔術師も偉くなったものだな」

かつんと、杖が床を打つ音が響く。

「お前達魔法使いは、もう既にこの世界のことを“知って”おる。儂らが数千年と掛けて築きあげた“知識”を、生まれながらにして持っておる。そんな輩に、説明することなど何もない」

そう言って、后堂ゴウジは部屋を後にした。

「やれやれ」

ユウリ先生は呆れたように溜め息を吐いた。

「気にするな神木。あの爺さんはいつもああだ。特に、魔術、魔法に関する話の時はな」

私の知っている魔術師は学校の魔術科の子達と、そしてユウタだけ。世の中の魔術師が魔法使いに対してどのような想いを抱いているのか、今までは知る由もなかった。

憎しみを向けられるのは、嫌だ。

私にはどうしようもないことで恨まれるのは、理不尽だ。

――理不尽だ。

「ユウリ先生」

私なんて要らない子だと捨てた母親がいた。

ただ面倒くさそうに去って行った父親がいた。

魔法を怖れ、遠くから私を指さす子供達がいた。

――理不尽だ。

それらを越えた先にあった二つの幸せ。

私と同じ境遇の子供達との、何気ない時間。

そして、三人で過ごした、大切な時間。

全部、奪われてしまった。

――理不尽、だ。

「教えてください」

けれど、まだ私には、大切な場所が残されている。

「何が起こっているのか、全部」

どんな理不尽からも、そこだけは守り抜く。

そんな祈りを込めて、私はユウリ先生を見つめた。

 

 

*  *  *

 

 

ガタガタとバスが揺れる。

十人分の席に、乗っているのは運転手を除いて三人の男女だけ。

運転手の後ろの席に座る眼鏡の少年は、本を読みながら退屈そうに欠伸をした。

「ねぇユウタ、顔怖いよ」

後ろから二つ目の右側の席。一人の少女が、隣に座るユウタに言った。栗色の、少しはねた髪がさわりと揺れる。

「そんな怖い顔してるか?」

「してる。この話聞いてからずっとだよ。せっかく学院のエリート街道まっしぐらなチャンスなんだから。もっと喜べば良いのに」

「……そう、だな」

相槌を打つユウタの笑顔は、どこか曖昧だった。

少女――雪花リナは、ユウタに気付かれないように下唇を噛み締めた。

 

 

*  *  *

 

 

私がユウリ先生達と行動するようになって、一週間が経った。

私が運ばれたのは、私達の住む町から車で一時間程のところにある学院の研究所だった。事が収まるまで、私はここで生活を送ることとなる。

いつまでここに居るのかは、まだ誰にも分からない。

もしかしたら、死ぬまでここにいるのかもしれない。

モルモットとして。

「そういえば、今日来るらしいぞ」

ユウリ先生の部屋で書類の整理を手伝っていると、突然そんな話をされた。

何がですか? と聞くと、先に返ってきたのは煙草の白い煙だった。

「あれだよ、学院の特別試験生。アルケーの研究を手伝い、それなりの成果を出せば特別推薦枠を与える、っていう」

そんな話もあったなと、煙を手で追い払いながら思い出した。

あのゴーレム――“アルケー”は、以前ユウリ先生が教えてくれたゴーレム作りの魔術師が残した最後の作品だそうだ。

あの学校の地下室で語ってくれた魔術師の話は偽りだった。いや、全くのデタラメではないのだが、そこには裏があったのだ。

そもそも、魔術の衰退はこの魔術師にこそ原因があったという。

魔術師は、ゴーレム作りの名手だった。彼の作るゴーレムはどれもこれもが奇蹟のような出来栄えで、他の追随を許さなかったという。

そんな彼が最後に作り上げようとした究極のゴーレム、それが“アルケー”だ。

通常ゴーレムは、第一世界の物質でできた身体に、第二世界に彷徨う魂や精霊を定着させて完成する。当然、良いゴーレムを作るには良質の材料を揃えるだけでなく、良質の魂が必要となる。そこで魔術師が目をつけたのが、“精霊王”と呼ばれる存在だ。

“精霊王”と呼ばれる存在が、具体的に何を示すのかは諸説あり、今でも議論が絶えない。だが、魔術師はそれを発見し、作り上げた最高のゴーレムに定着させてアルケーは完成した。

それと同時に、世界に異変が現れた。人間の、第二世界への干渉力が激減したのだ。今まで使用していた魔術が効力を失くしていき、世の魔術師達は次々にその立場を追われていった。

これに対し、魔術の総本山である学院は、ゴーレム作りの名手に制裁を加えた。研究所は閉鎖され、魔術師は後世に、研究と名を語り継ぐことを禁止された。自分の研究と名を後世に残せないことは、魔術師達にとって死よりも重い。何せ、自分だけではなく、一族の積み重ねた歴史をも潰されることになるからだ。それは彼のしたことが罪深いからというよりも、単純な嫉妬によるところが大きいとユウリ先生は言った。

「魔術師なんて輩は、自分の研究を何かの役に立てようなんてこれっぽっちも思ってない。連中はただ、この世界の真理だけを追い求めてるんだ」

アルケーに使われた“精霊王”が、真理に通じるものだったと魔術師達は結論づけた。彼は、多くの魔術師が辿り着けなかった場所に、辿り着いてしまったと。

その為か、研究が停止されても、研究所は廃止されなかった。完成したアルケーを、学院が回収するためだ。

けれど学院の魔術師達が研究所に押し入った時には、既に研究資料は破棄されており、アルケーという名前以外の手掛かりは消えてしまっていた。

「それでも、学院は諦めなかった。そこで利用しようとしたのが、魔法使いだ」

魔法使いの第六感なら、精霊王を探す手立てとなるのではないか。そう考えた学院は、身寄りのない魔法使いの子供を保護するという名目で学校を創設した。

「けど、何でそんな手間暇かけてアルケーを探すんですか?」

政府に所属する優れた魔法使いの部隊があるという。学院が政府と交渉すれば、それを使用することだって可能だったのではないだろうか。

私の疑問に、ユウリ先生は苦笑で返した。

「学院のプライド、だよ。魔法使いを使うってのは妥協案なんだ。それに加えて政府に頭下げるなんて、連中には屈辱の上塗りだ。それにな、大人では駄目なんだそうだ」

「大人では、だめ……?」

詳しいことは分からないが、とユウリ先生は次のことを教えてくれた。

魔術や魔法の扱いにおいて、知識を蓄えることは必ずしも良いこととは限らないらしい。何でも、知識の蓄積は第六感を鈍らせるとか。だから、無知な子供の魔法使いの方が、アルケーの発掘には適役なんだそうだ。

「もっとも、学院も半ば諦め気味だったんだけどな。管理も政府に投げっぱなしになって、いつの間にか普通の学校としての役割が強くなっていたし。それでも、万が一アルケーが見つかった時に備えて、うちらが職員として働いていたわけだ」

何にせよ、アルケーは見つかった。そしてその解析が行われているのだが、選りすぐりの魔術師達が、揃って何の成果も得られていないらしい。

「学院長は第六感が関係あると思っているらしくてね。それで、学院の推薦試験も兼ねて、三人の高校生を呼ぶことにしたんだとさ」

高校生なら第六感は衰えていないし、全く知識がないわけでもない。何も分からなくても、学院の今後にとっては何らかのプラスになる。そう、学院は判断したそうだ。

「そんなわけで、今日から試験生が三人来るから、仲良くしろよ」

三人の素性について、私は何も聞かされていない。別に誰が来ようと関係はないのだが、どうしてか、不安な気持ちは全くなかった。

 

バスが到着し、降りてきた人物を見かけた時は、どんな反応をすれば良いのか分からなかった。

「よお」

何となく居心地の悪そうなユウタの挨拶。

返す言葉が見当たらず、私はぼんやりと見つめるだけ。

驚きはもちろんあった。誰が来るとは聞かされておらず、そして来たのがよく見知った相手ともあれば当然だろう。

けれど、おかしなことに――ユウタがそこに居ることを不思議に思わない自分がいた。

何となく、予感はあったのだ。どうしてかは、分からないのだけれども。

私とユウタの間に流れるむずむずとした空気を断ち切ったのは、明るい女の子の声だった。

「どうもー! こんにちはっす!」

ユウタの背後からひょこっと顔を見せたのは、背の低い、栗色の髪をした女の子。私の知らない、女の子。

「あなたが神木ケイさん? 初めまして、ユウタの友達の雪花リナです。ゴーレム専門の魔術師です」

にこやかな笑顔。けれどそこに込められたのが、表面上の感情だけでないことは直感的に理解した。

きっとこの子は、何かとんでもない勘違いをしている、と。

そして、その勘違いの原因が誰にあるのかも。

「おっと、僕は邪魔だったかな」

そう言いながら、眼鏡を掛けた男の子がバスから降りてきた。手には何やら分厚い本を持っている。

「初めまして。僕は紫ソウタ。学院付属高校、科学科の二年生だ。以後、お見知り置きを」

礼儀正しく頭を下げるソウタくんの目は、けれどどこまでも私達には無関心で。ただ、目の前の出来事を機械的にやり過ごしているといった印象を受けた。

何はともあれ、これで三人。

これから寝食を共にする面子の顔合わせが済んだことになる。ユウタはともかくとしても、後の二人もなかなか一筋縄ではいかない相手のようだ。

共同生活、という言葉が重くのしかかる。まだ始まってもいないのに、ひどい疲れを感じずにはいられなかった。

 

空き部屋の都合上、ユウタとソウタくん、私と雪花さんという部屋割になった。間違いがあってはいけないので当然といえば当然の結果なのだが、単純に同性だからという理由で部屋が決められるのはどうかと思う。

何よりもまず、当人達の相性が考慮されていないことに抗議したい。

「神木さんは、ユウタにとっての何?」

ある程度荷物をまとめ、そろそろ寝ようかという時にこんな質問が飛んできた。予想していなかったわけではないが、まさかいきなりくるとは思っていなかった。

戸惑いが心を埋めていく一方で、そう言えばついこの間にも似たようなことがあったなと思った。それを思い出すと、とても平静ではいられなくなりそうだ。いつかの記憶を、何とか頭から締め出して雪花さんを見つめた。

どこまでも一生懸命で、熱のこもった目。

敵意を隠さないその目は、正直なところとても怖かった。

だから堪らず、私はこう答えた。

「何でもないよ。ただの、昔からの友達」

私にとっては、嘘偽りない答え。現に、客観的に見ても、私とユウタの関係はそれ以上に表しようがないと思う。かれこれ八年は一緒にいるが、雪花さんが想像しているであろう関係にはなったことがない。

にも関わらず、雪花さんは納得してはくれないようだ。

「嘘だ。絶対、嘘だ」

それっきり会話は続かず、私達はどちらからともなく、部屋の明かりを消した。

暗闇の中でも、何となく気まずい空気が流れる。相手が眠っていないことが、空気を伝わってきた。

何を考えているのだろうとも思ったが、考えても疲れるだけなので、無理矢理にでも眠ることにした。

外から聞こえる、鈴虫の鳴き声だけがしんみりと響いていた。

 

翌日、試験生とユウリ先生、そして私を含めた五人は巨大な格納庫に来ていた。目的はもちろん、その中でそびえ立つアルケーを見るためだ。あの“目”との戦闘で見せた威圧感はどこへやら、今はただの巨大な石像と化している。

だが、流石はゴーレム師と言うべきか、アルケーを見た雪花さんは大はしゃぎだった。

「これが動いたの! 凄い、凄すぎる。こんな精巧なゴーレム、初めて見た」

ぱたぱたとアルケーの周りを駆けまわる子猫のような雪花さん。その目には何にでも興味を示す、小学生のような純真さがあった。

「媒体は土、か。けど、何を混ぜたらこんな繊細な身体を作れるんだろ。それよりも問題は神経系か。噂通り“精霊王”を核とするのなら、そこの作り方こそが重要となるんだし……」

何やら難しい独り言が聞こえてくる。私達がいることもすっかり忘れ、雪花さんは自分の世界に引きこもってしまった。

「よくあるんだ。あいつ、ゴーレムに憑かれてるんだよ」

苦笑するユウタは、けれどどこか優しい目で雪花さんを見ていた。

「ふうん。ユウタと雪花さんて仲良いんだ」

何となくそう言った。事実だけを告げるように、淡々と。

特に気にした様子もなく、ユウタは、まあなと返した。

「あんな奴だから、何かほっとけないしな」

「ほっとけない、ねぇ」

ユウタの泰然とした態度に、私はどう反応するべきなのだろうか。

怒る? 悲しむ? それとも、呆れる?

どれも適切な感情ではないような気がした。

「ねぇ神木さん! これってもう動かないの?」

そう聞きながら、雪花さんはこちらへと駆け寄ってきた。昨日の今日だと言うのに、自分がどんな態度をとったのかはすっかり忘れてしまったようだ。

思わないところがないでもないが、何だか疲れてしまい、私も普通に応対した。

「あれっきり動かないよ」

私が目覚めてから、何度かアルケーの起動試験を行った。だが、あの“目”との戦いは夢だったとでも言うように、アルケーは一度も動かなかった。

「頭に操縦席らしきものがあるんだけど、どうすれば良いのかもさっぱり。第六感で認識しても、ちょっと密度の濃いエネルギーが詰まっていること以外は何の変哲もない巨像だよ」

「ふーん、頭に人が入るスペースがあるんだ……」

何か思うところがあったのか、雪花さんはすっかり考えこんでしまった。

「よく分からないけど、これを僕はどうやって調べれば良いのかな」

背後からソウタくんが近寄ってきた。眼鏡の端を、くいと持ち上げる。アルケーに向けられた視線は、どこまでも冷静で澄んだものだった。

「君は“科学的”な結果を出す必要があるもんな。どうだろう、椿さ……いや、ユウリ先生。俺達はどこまで、このアルケーを解剖して良いんですか?」

ユウタが尋ねた。

ユウリ先生はうーんと唸ってから答える。

「学院から、特に制約は受けてないな。とにかく、やれるだけの事はやってみろと、それだけだ」

「なるほど……」

そうして、アルケーの見学が終わり、三人の研究が始まった。

 

「まず、アルケーと触れた時のことを話してくれないか」

研究所の一室で、私はユウタと向かい合っていた。雪花さんとソウタくんはそれぞれの準備のため部屋に籠っている。ユウタは前準備として、まず私の体験した出来事をまとめておきたいそうだ。

私はそれに応じ、全て話した。

学校が襲われ、私がアルケーに出会い、そしてここに来るまでの全てを。

正直なところ、あまり触れたくない話題ばかりだ。

嫌でも思い出してしまうから。

皆の、あの最後を。

それでも、もう逃げるわけにはいかない。

話を聞いたユウタは険しい表情を作る。

「そうか……」

努めて冷静であろうとするのが見てとれる。けれど、ユウタがそうすることができないのを、私は知っている。

「その“目”って、一体……」

「分からない。ユウリ先生もまだ分からないって」

――調査中だ。

先生はそう言った。

けれど、私にはそれが嘘に思えた。

きっと先生達は何か知っている。全容を知らなくても、心当たりくらいはあるはずだ。根拠はないのだが、私の第六感がそう告げている。

「ねぇユウタ」

ふと、疑問が沸いた。

「エネルギーや精霊の物質化って、魔術で可能なの?」

“目”は質量を持った精霊だった。あんなものを人が作ったとは考えにくいのだが、どこかで聞いたのだ。あれは魔術師の仕業だと。どこで聞いたのかは思い出せないが。

「現状では不可能だ。魔法ならともかく、魔術の常識ではな」

「そっか……」

「“目”については、今は考えるだけ無駄かもな。情報が少なすぎる」

「そうだね」

「それより」

案じるようなユウタの目。少しだけ、どきっとした。

「もしその“目”みたいなものが出てきたら、ケイはどうするんだ?」

アルケーに、乗るのか。ユウタはそう聞いてきた。

あの“目”にはアルケーの攻撃しか通用しなかった。もし次に似たようなものが現れると、他に対処のしようがない。

実のところ、この特別試験の最優先事項は、アルケーを動かすことなのだ。私がここにいるのも、正しくアルケーを起動させるため。起動させ、あの“目”のようなものと戦うため。

だから、特別試験と同時並行で政府の魔術部、科学部の双方が全力を挙げてアルケーの解析を行っている。学院長から試験の話がなければ、私はずっと政府の人達に囲まれていただろう。

「そっか……」

視線を下げるユウタ。何かを悔やむように、眉間に皺を寄せている。

「……」

「……」

話すべきことを話し終え、訪れたのは何とも居心地の悪い沈黙だった。

お互いに、相手にかける言葉を探している。いつもなら簡単に出てくる気軽な言葉が、全く出てこない。

「そういやさ」

先に見つけたのは、ユウタの方だった。

「俺がここに来ても、そんなに驚かなかったよな。ユウリ先生が教えてくれてたのか?」

「ううん。何となくそんな気がした、っていうか」

結局、あの感覚が何だったのかは分からない。第六感が働いたのかもしれないが、生憎と私は予知能力など持ち合わせていない。

「何となく、か」

「ユウタ、私からも質問良い?」

ユウタは、ああと快く頷いてくれた。

素朴な疑問が一つ。本当に、素朴な。

「どうして、今回の試験を受けようと思ったの?」

ユウタが優れた魔術師の素質を持っていることは知っている。だから、この試験の参加資格を与えられたのも別段不思議なことではない。

けれど、優秀だからこそ、わざわざ特別試験など受ける必要はない。しかも、試験の内容はゴーレムの研究。ユウタの専門を詳しくは知らないが、畑違いなことは確かだろう。

ということは、ユウタがこの試験に参加したのは自分のためではない。

それは、誰のためなのか。

ユウタは腕を組み、視線を上げて考えるそぶりを見せた。

「どうして、ってそりゃさ。推薦枠がもらえるし、この研究自体が将来に繋がる経験になるし」

当たり障りのない言葉。模範解答というのは、いつだって本心とは違うものだ。

そう思うのに、私はそれ以上のことを聞けなかった。

自分の心境がよく分からなかった。怖いのだろうか、雪花さんのためにこの試験を受けた、と聞くのが。

本当のところは分からない。でも、状況的にその可能性が高い気がするのだ。

――怖い?

おかしな話だ、何が怖いのだろう。

「とりあえずさ、これから頑張らないとな。ケイも無理するなよ」

そうしてユウタは自室に戻っていった。

取り残された私は、呆然と天井を見上げる。静けさが包み込む部屋では、天井がとても高く感じた。

 

 

*  *  *

 

 

「経過はどうだ?」

后堂ゴウジがユウリに聞いた。

学院本堂三階、学院長室。特別試験が始まってから三日が経った。

「経過も何も、まだ始まったばかりですよ」

それもそうだ、と后堂は煙管を咥え、白い煙を吐き出した。煙は天井に到達する前に霧散していく。

「あの三人にはなかなか見所がある。社会に技術奉仕をするだけの機関に成り下がった学院に、何か刺激を与えるきっかけになるやもしれん」

そう言って、后堂は机の上に広げられた三人の履歴書をぱらぱらとめくった。

「学院長」

后堂の手が止まり、きりりとユウリを見据える。心臓に突き刺さるような視線。この視線を前にして、多くの者は二の句を次げなくなる。権力者に睨まれたから、というわけではない。その視線を前にすると、どんな者も全てを見透かされた気がし、心の底から怖れが沸いてくるのだ。

しかしユウリは、平然と受け流し言った。

「アルケーが動いたとして、本当に、神木を戦わせるのですか」

后堂を真正面から見返すユウリ。それは質問ではなく意見だった。神木ケイを、これ以上アルケーに関わらせたくないという。

后堂の口許が、不敵に歪んだ。

「仕方あるまい。現状、彼奴等に対抗できるのはアルケーだけであり、動かせるとしたら、それはあの小娘を置いて他にはいないのだから。軍部の方にも話はついておる。これは、政府の決定事項だ」

納得のいかない表情を浮かべるユウリ。しかし立場上、ユウリはそれ以上意見することができない。

「子供を、これ以上危険な目に遭わせたくない、か」

背もたれに身を沈めながら、后堂は言った。

「あの小娘はお主の娘ではないのだぞ。情報局の人間が、観察対象に情を移すのは感心せんな」

ユウリの目が鋭くなった。

「そんなことは……分かっています」

ユウリを見つめながら、后堂を愉しそうに笑みを浮かべる。

「椿よ、アルケーが奴らを叩き潰せるのなら、それはお主にとっても復讐を果たすことになるのではないか。忘れたのか? 五年前のことを」

五年前。

ある事件が起きた。国中で、魔法使いの子供が何者かに連れ去られたのだ。被害者は二十名にも上った。政府はそれを“精霊崇拝”を信念とするカルト集団によるものと断定し、調査を開始した。

その名を“アイオーン教団”と言う。

学院から離反した魔術師達が集まって出来た別の組織があり、そこから分離した過激派が教団の母体だ。

政府はいくつかの拠点を制圧することに成功したが、攫われた子供は見つかっていない。

教団が世間に初めて姿を見せたのは二十年前。とある大企業の社員を皆殺しにし、政府に犯行声明を出した。いや、それは犯行声明と呼ぶにはふさわしくない。内容は次のものだ。

 

“科学と呼ばれる異端の術が、世界の理を壊そうとしている。

人は本来、第二世界に属する崇高な存在である。にも関わらず、科学の徒は第一世界に重きを置き、第二世界に連なる道を閉ざそうとしている。

我々アイーン教団は、全ての人を第二世界へと導き、今一度世界を正しい姿に戻そうと立ち上がった。

ここに、我々は宣言する。

必ずや、楽園たる精霊の世界を取り戻す、と。”

 

事件の主犯格は捕まったが、教団の全体像は依然として謎のまま。今もなお、活動は続いていると考えられている。

「今回の件は、五年前の誘拐事件と関連があると、儂は考えておる」

「まさか……」

后堂は机に肘を突き、手を組み不敵に微笑んだ。

 

後篇