瞳の中の炎 前篇

※これはRepro5号『ロスト・アイ』に掲載した作品と同じ内容になります。

「瞳の中の炎」前篇 綾町 長

「殺さなければいいんでしょ?」と言われたので「上のもんに確認せんと」と衙門(がもん)が答えたときには、天満(てんま)はもうその横をすり抜けていた。

日が沈んで、藍が濃くなっていく空の下、先程の爆発による炎が視界の隅でちろちろと燃えている。その横には血の赤が当たり前のように飛び散っている。けれど、それらの色はサングラスに遮蔽されて、酷く鈍い。世界と自分が断絶しているようなリアリティに欠けた視界だ。

機能性重視の黒いボディスーツと防弾チョッキに包まれた天満はその中で影の様に映る。影は人と人との間を猫の様にすり抜けていく。衙門に比べて、かなり細身で小柄な体格の彼女を見失わないように、衙門はすぐさま後を追う。

犯人の男は人質を盾にして、興奮した表情で、周りを睨め付けていた。その眼の能力自体は未だ不明だが、彼の周りでは既に幾度か爆発が起きており、それによって数名の捜査員が負傷している。この爆発が彼の能力によるものであることは明白だった。

「犯人の能力がまだ分からへんねんから、不用意な行動は避けるべきやろ。どうやら、レジスタンスも絡んでるみたいやし」

急いで天満の隣に並び、そう告げると「大丈夫よ、所詮Bランクだし」とこちらに顔すら向けようとしない。

「Bランクでも能力によっては、Aランクよりも厄介なこともあるやろ。事実、あの爆発はAランクと言っても申し分ない能力や。人質だっておるし、もう少し様子を見てからでもええやろ」

「無駄よ」

天満はそう言い切って、軽く首を振る。

「いつも最後は力づくじゃない。強制的に矯正するのがLASIKのやり方でしょ。それなら待つ必要なんかない」

「そうやとしても、さすがに危険や。いくら天満でも下手すりゃ死ぬかも知れへんねんで」

天満が初めてこちらを振り返る。“眼鏡式単眼望遠鏡“越しのその鋭い眼光に思わず身体が硬くなって、足がすくむ。何人も、何十人もを殺してきた眼だ。

「私はあなたの上司よ。いくらあなたが鍛え上げられた軍人で、私が二十も年下で、女でもね」

天満は衙門を置いて歩き出す。衙門は一つ深呼吸をして、その後を追いかける。

 

「退いて」

衙門が追いついたときには、天満は“防弾壁”を並べた捜査員達を押しのけて、一番前へと出ていた。

「なにやっとんじゃ、この××××!」

耳に付けた通信機器から上司達のつんざくような怒鳴り声が聞こえる。うるさかったのか天満はそれを引きちぎり、捨てる。長く、後ろで括られた黒髪がそれに合わせて揺れた。

犯人は天満の方を睨みながら、見せつけるように人質を自分の身体の前に持ってくる。犯人の瞳は真っ赤でまるで炎が燃えているみたいにゆらゆら揺れていた。逆に人質の女子高生は怯えた目でこちらを見ている。

「物理タイプね。それともカラコンのカモフラージュかしら」

天満は犯人を観察するように、爪先から頭の天辺まで舐めるように観ながら、そう呟いた。“覗き”という天満のあだ名を衙門は思い出した。

『あいつは全部お見通しだ。本当に何度見られても気持ちが悪いよ』

衙門は自分が組む前に天満と組んでいた先輩の言葉を思い出した。

次の瞬間、天満は犯人に向かって走り出した。犯人の眼が光って、天満の足元が爆発する、と思った瞬間、天満は左に飛んだ。天満が動く後を追いかけるように爆発が続く。犯人が驚いたように目を大きく開いたときには、天満は目の前で銃を突き付けていた。

「私には全部見えてるから」

そう言って、強く銃を犯人の額に押し付ける。

人質を離せ、と言うと犯人はしぶしぶといった様子で人質を離す。女子高生はよたよたとそこから離れ、振り返った。目には涙が溢れていて、目尻から唇の端まで流れている。

「おしまい、だな」

犯人は軽く笑って、そう言った。

その瞬間、爆発音が辺りに響いた。二人の間で、もうもうと煙が上がる。

「天満!」

衙門がすぐさまそばに寄る。煙が切れ、天満の姿が見えた。軽く擦りむいたようだったが、爆発の瞬間、素早く後ろに飛んだおかげでほとんど怪我はない。一方、犯人の方を見ると、そこには無残に焼け焦げた死体があった。天満は軽く舌打ちして、空を仰いだ。

(続)