瞳の中の炎 後篇

※これはRepro5号『ロスト・アイ』に掲載した作品と同じ内容になります。

「瞳の中の炎」後篇 綾町 長

わざと響くような音をさせて、天満の机に書類を置く。大量の始末書と今回の行動が適切なものであったことを示す提出書類だ。

「こういうのは部下の仕事じゃないの?」

天満が不満げに言う。口には煙草が咥えられている。

「お前が悪いんやろ、上の指示に従わずに。挙句は犯人に自殺されて」

あと、それは二十歳まで禁止だ、と衙門は咥えられた煙草を奪い、端に噛んだ跡のあるそれを灰皿でもみ消す。

「で、人質の子は? なんて言ってるの?」

「事情聴取はしているらしいけど、ちょっとしたショック状態で、記憶に障害があるらしい。ちょうどあの事件に関わる記憶だけごっそり抜け落ちている」

「ふーん、それは何とも不可思議ね」

そう言いながら、次の一本を取ろうとする天満の手から、煙草を箱ごと取ろうとする。けれど、その手は空を切って、衙門は不思議そうに自分の手を見つめる。

「サングラスなんかしてるから、モノが見えないのよ」

天満は懐からライターを取り出して、点ける。煙を吐き出して、「一本いる?」と衙門に尋ねる。衙門は溜め息をつきながらも一本貰う。煙を吐き出すと少しだけ憂鬱なことも吐き出せる気がした。

「人質の子、能力者でしょ。きちんと事情聴取とかするのね。もっと雑に扱ってると思ってた」

「犯罪者以外は丁重に扱うし、ルールはきちんと守る。相手が能力者であっても、そうじゃなくてもな」

「あっちでは違うわよ。探し出して、連れてくる時はまるで動物を狩るときみたい」

その言葉で、天満が以前、連れ出し専門の部署にいたことを思い出す。AランクやSランクの特別に危険な能力者を強制的に保護し、大阪まで連れてくる。CランクやDランクの保護とは性質的に大きく異なる。後者は希少動物の保護に近いが、前者は猛獣を捕えるそれに近い。

その部署で実績を上げ、その結果を引っ提げて、彼女はここに来たのだ。

「能力者は人間じゃないの。動物と一緒。熊とかライオンとかそういうものと、ね」

自嘲的に自分を指さして天満はそう言った。前に天満と組んでいた先輩は能力者ではなかった。それが二人の関係にどう寄与したかは知らないが、今回、能力者である自分が天満と組むようになったのはそういう理由もあるのかもしれない、と衙門は思った。

「ちょっとお願いがあるの」

気付くと天満が自分の方をじっと見ていた。観察していたといってもいいかもしれない。ぞくりと背中が粟立つのを感じた。全てを見られている感覚。自分の心が全部筒抜けである感覚。サングラスなんて全く役に立たない懐かしくて辛いあの感覚。

「人質の子に会わせて」

 

取調室は簡素な造りで、年代物の金属製の机と背もたれ部分に穴の開いたキャスターの椅子があるだけだった。天満や人質だった女子高生――佐久間あかりはすんなりと座れたが、衙門が座ると椅子がきぃきぃ悲鳴を上げた。太ももが金属製の机に触れて冷たい。

天満は佐久間に笑顔でこんにちは、と話しかける。普段からは考えられないほど柔らかな笑顔だった。

「色々、大変だったね。いきなり人質に取られて。心の傷もいっぱい負ったと思う」

佐久間は軽く会釈するように頷いた。彼女はずっと机の上を見ていて、一度も目を合わせない。

すると、天満がいきなり佐久間の顎を掴んで、ぐいっと自分の方を向かせた。

「可愛らしい真っ赤な瞳ね。あなたも犯人と同じ物理的な力の能力者?」

天満は身を乗り出して、彼女の顔を覗き込む。彼女はその瞳から逃れるように顔をそむける。

「単刀直入に言うけれど、あなたも犯人よね?」

天満は口角だけ上げるけれど、目は全く笑っていない。常に情報を引き出そうと、瞳がぐるぐる動く。佐久間は、そんな彼女をいぶかしむように見る。

「そんなわけないやろ。彼女は被害者やで」

「裏で組んでいたって可能性なんかいくらでもあるでしょ。所詮は能力者同士なんだから」

所詮は、の所に強く力を込めて、天満は言う。

「互いに政府に対して恨みを持つことなんていくらでもあるだろうし、それこそ同志であるかもしれない。それに……」

天満は佐久間を睨みつけながら言う。

「あの時、私は犯人をずっと見張ってた。この眼でね。この眼はとても便利で全てのものがスローモーションみたいに見える。だから、どんな些細な動きも見逃さない」

天満は“単眼望遠鏡”を外して、自分の蒼い眼を指さす。

「人ってね、やっぱり、行動に出るの。ロボットじゃないから、何か事を起こそうと思うとその前に『サイン』が出るの。走り出す前に身体が沈んだり、嘘を吐く前に唇を舐めたり。私はそれを見て、相手の動きを予想する。攻撃をよけることだって出来る。でも、あいつの動きにはサインが無かった」

だから、攻撃をすぐ避けることが出来なかったの。間一髪のところで気付いたけれど、と腕をさすりながら天満は言った。

「じゃあ、他に誰がって考えると、あなたしかいないの、佐久間さん。あの場にいて、私に気付かれずに私を攻撃できる人は」

天満は生徒に説明する家庭教師の様に流暢に話し続ける。理路整然と、当たり前のように。

「私の能力の真骨頂はね、尋問なの。相手の動きを観察することで、相手の言葉が嘘か本当か、どんな心理状態なのかつぶさに知ることが出来る。だから、あなたが『私は犯人ではありません』ってそう一言言えば、その動きだけで私はあなたが犯人であるか分かるの。だって、私にはそれが嘘か本当か分かるのだから」

「ちょっと待ってや、天満」

嫌な予感がした。追い詰められた人は何をするか分からない。窮鼠は猫を噛むし、それどころか人間にだって牙を剥く。

衙門はサングラスを外した。下から出てきたのは緑の瞳だ。その瞳で、じっと佐久間を見る。

「佐久間さん、目を合わせてくれへんか」

佐久間はそっと、目を上げる。そして、驚いたようにはっきりと目を見開いた。「こういう能力なんや」と衙門は恥ずかしそうに言う。

「俺は、佐久間さんにこうなって欲しくない。出来る限りのことはするから、正直に言ってくれへんか?」

佐久間は少し迷うように視線を泳がせた。それから、ゆっくりと「私が犯人です」と頷いた。

 

「佐久間さんの能力は発火能力らしい。もう一人の男は空気中から可燃性ガスを集めてくる能力で、それを組み合わせて爆発を起こしていた、と」

衙門がそう言うと、天満はつまらなさそうに「ふーん」と呟いた。

「これで事件解決やな」

「結局、あんたの能力ってなんだったの?」

天満が唐突に目も合わせずに聞いてくる。基本的に同僚でも能力についての話はタブーだ。それはその能力自体が武器であり、逆に他人に狙われる原因にもなるからだ。

でも、天満になら言ってもいい、とも思った。天満の能力も知ってしまったし、これでおあいこだ。それに隠すほどの能力ではない。

「目を合わせると自分のイメージとか気持ちとか感情を相手に伝えることが出来るんや。テレパシーみたいな感じかな」

逆に目を合わせてしまったら、自分の思ってること全部筒抜けになるんやけどな、だから、サングラスで自分を守ってるんや、と衙門は笑った。

「その能力で、俺が昔担当した事件のことを伝えた。えぐい事件やった。拷問もあったし、処罰も見せしめみたいにひどいものやった。それこそ、能力者は人間じゃなかった」

ごめんな、嘘ついてた、と天満に言うと、知ってたと言われた。だって、私は全ての嘘を見抜けるんだもの、と。

「佐久間さんは確かに犯人やけど、死者は犯人の男以外出てないし、自首という形ならまだ何とか罪を軽く出来ると思ったんや。俺はもう、あんな風になる能力者を見たくはない」

甘いわね、と天満は溜息を吐く。

「けど、あのままやったら危なかったのはお前やで、天満。彼女、なんで目を合わせなかったか分かるか?」

「そんなの、嘘がばれないように、に決まってるじゃない」

「違う」

そう言って、衙門は天満の胸の辺りを指す。そこには黒く焼け焦げた跡があった。

「あの子、お前を殺すつもりやったんや。あの男とは恋人で、二人そろってレジスタンスに入ってたらしい。逆恨みっちゃ逆恨みやけど、そうでもしないと気が済まなかったんかもな」

天満は手でその跡を触る。真っ黒い焦げが指の腹について、擦ってもなかなか取れない。

「だから、俺の能力を使って、自首という形に変更させた。口には出して無いから調書には残らないし、何より言葉という仲介役を挟まずに直接気持ちが伝えられるから、よりはっきりと伝わった。あの子にはやっぱり不幸せにはなって欲しくないんや」

同じ能力者として、という続きの言葉は言わなかった。天満はじっとその焦げを見つめていた。

「あなたをパートナーに選んで良かったかもね」

「急にどうしたんや、気持ち悪い」

「相手のことを何でも読み取ってしまう私と正反対の能力だから……」

その先を天満は言わなかった。けれど、なんとなく読み取れた気がして、衙門は少し笑った。

 

◆ ◆ ◆

 

彼女の叫び声が、断末魔が聞こえて、やがて消えた。残ったのは赤い瞳。その瞳の中では炎が揺れている。それを摘まんで、瓶の中に入れる。その中には何十もの眼が入っていて、それらはぎょろりぎょろりと辺りを見渡している。

「やはりレジスタンスの関係者だったのね」

瓶を閉めながら、天満は呟く。

最近は警戒されづらいBランク以下の能力者を主にレジスタンスは使っている、という情報は以前から入ってきていた。今回はまさにその典型だろう。Bランク以下の能力者を数名使い、Aランク以上の能力者の眼を奪う。まるで、将棋のような発想だ。桂馬と香車で、飛車や角を奪うのだ。

「能力者は人間じゃないのよ、衙門」

天満はそう呟いて、自らの蒼い瞳を取り出し眺める。元々は自分とは別の人間に入っていたその瞳は蒼く輝いていて、炎の様に静かに揺れている。

 

REPROJECT01-世界観共有-